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異世界バトロワ ー天上の大罪ー  作者: 96tuki
鳳凰の翼
70/90

「不可能だ」

 ゴーゼスタウンを出発して半日。晴祥は一人でガウス王国に辿り着いた。足となる生物は辺りに見受けられず、徒歩で来たことがわかった。ただ、それも当然のこと。神力を操れるようになった彼は、自身の体が最も速いことを理解していた。

 彼が左手を中空に出すと、黒い液状の何かが溢れ出るようにして現れた。そしてそれがなくなったとき、先程まで姿の見えなかったキルスがその場にいた。

「…‥驚いた。正直、中に居たときは生きた心地がしなかったし、もう二度と入りたくないけど、便利なものを持ってるんだね」

 キルスは顔を青くして、どこかくたびれた風にそう言った。元々はリバンドホースという、ゴーゼスの森のモンスターでもそうそう襲わない強靭な馬に乗っていく予定だったのだが、晴祥に、「俺の方が速い」と強引に押し切られ、何も知らされぬまま黒い何かに包まれることになった。表情から、その心労が伺える。

 しかし晴祥は彼の状態なんてお構いなしに、襟を掴んで王宮へと向かう。

「ちょ、ちょ、ちょっと休憩させてくれない?」

「あの中に入ってたんだから疲れてるわけないだろ」

「精神的には疲労するさ。辺りが真っ黒で時間感覚とか色々わからなくなったぞ?」

「でもお前が居ないと王宮には入れない。休むのはそれからだ。それとも、また入るか?」

 晴祥の左手から、黒い何かが垣間見える。キルスはため息をついたあと、無言で晴祥の後を追うことになった。

 とはいえ、そんなに歩かない。大国というだけあって交通手段も整っており、キルスは職権をフルに使ってすぐさま馬車を呼び出していた。

「……俺の方が速い」

「ここじゃこれ以上に速度は出しちゃダメなんだぜ。面倒は避けたいだろ?」

「ったく……それくらい揉み消せよ」

「職権濫用は緊急時にするものだ。そんな小さなことに使ってたらキリがない」

 キルスはそう言って馬車に乗り込んだ。晴祥は渋々それに続く。同時に心の中で、緊急時でもダメだろ、とツッコミを入れていた。

 馬車は思ったよりも快適な上、想像以上に速かった。当然、この男の長時間維持できる速度よりは遅かったが、それでも王宮までの距離ならそこまで大差なかった。

 しばらくして馬が止まり、キルスが先に降りた。憲兵に事情を説明していたようで、五分ほどで馬車に戻る。

「許可が降りたから城内へ行こう。謁見は、大至急準備してくれるらしい」

「なんだ、報せを出してないのか」

 他人事な晴祥に、キルスは苦虫を噛み潰したような顔で答える。

「俺たちの方が早かったんだよ」

 彼の目は暗く、どこか遠くを向いていた。


 謁見の準備は想像より早く済んだようで、三十分もしないくらいで晴祥は謁見の間に招かれた。

 ファンタジーものでよくみる煌びやかな装飾などはなく、ぱっと見はただの会議室。そこは権力を誇示するための場所ではなかった。

 不思議そうに辺りを見渡す晴祥に、キルスは誇らしげに声をかける。

「驚いたか? うちの国は合理性が好きでな、王宮全部が利便性を求めたシンプルな作りになってるんだ。

 この国の強さは歴史が物語ってるからな。わざわざ誇示するまでもないんだ」

 晴祥はその言葉に答えないが、心の中で感心を抱いた。すると、彼の感心の意を捉えたのか、キルスの目には光が戻り、先ほどとは打って変わって上機嫌になった。

「そんな誇らしそうに話してもらえると、こっちまで嬉しくなる」

 そんな言葉が、この間の奥、玉座のある方から聞こえてきた。

 キルスは途端に引き締まり、玉座の方に向けて跪く。

「いらしたのですね、王よ。そのお言葉を頂けて光栄な限りです」

「顔を上げよ。まさか電報も寄越さずに帰ってくるとは思わなかったぞ」 

 玉座に刻然と座る、広大な領地と森を統治する大国の王は、晴祥に剛とも柔ともとれる印象を与えた。そしてそれ以上に、形容し難い何かがあることを強く感じ取らせた。

「いえ、朝に送ったのですが、着く前についてしまったというか……」

 キルスが少し気まずそうに答えると、王は呆然としたあと、額を押さえて高笑いを上げた。

「朝に? まさか、一日足らずであの森を抜けたというのか? ははは! 面白い冗談を言うようになったな!」

「……冗談ではなく、彼の力です」

 キルスはそう言って晴祥の方に視線を送る。膝をついているキルスは対照的に、彼は両の足で堂々と立っていた。

 キルスの真剣な目から事実と理解した王は、一つ何かを思い出した。

「そういえば、騎士団に推薦したい者がいると言っていたな。それがその少年か」

「仰る通りです」

「だが今日は別の話か」

「はい。……ヴェルン王国について、です」

 一瞬だけ、広いはずのこの間が、張り詰められた何かで埋め尽くされた。まだこの場所には三人しかいないと言うのに、この場所が人で満ちた時よりも強いであろう閉塞感に二人は覆い尽くされる。

「…‥その話は大臣たちがきてからにしよう。なに、すぐにくるさ。王よりも遅れてるなんて、彼らからしたら生きた心地がしないのだから」


 王の言った通り、大臣たちは血相を変えて全速力でこの間に集まる。そして全員肩で息をするほど疲弊していた。

 手元には紙の束、何かの資料が握られている。

「これで全員か?」

「はい、揃いました」

「では……。私はリューべ・ランフォーク。この国、ガウスを統治する者だ。少年よ。如何様でこの場所に参った?」

 先ほどとは違った形の威圧感を発する王に怯むことなく、不遜な態度で晴祥は答える。

「ヴェルン王国の内情についてだ。例えば、ヴェルンが戦争をする相手とかのな」

 その言葉を聞いて、大臣たちがざわつき始める。それもそのはず、今回の騒動で最も重要な情報を見知らぬうら若き少年が手に入れたと言っているのだ。緊急で謁見を執り行われたこともあり、彼らは晴祥に対して懐疑の目を向ける。それと同時に、得体の知れなさからくる恐怖を抱いた。

「ほう……」

 王が声を発した途端、ざわついていた場が静まった。懐疑というよりは好奇の目が晴祥に向けられる。それでも彼にはそんなのお構いなしのようで、彼はいつもと変わらぬ態度を貫く。

「詳しいことは本人に説明してもらう」

 そう言って彼はポケットに手を入れる。その行動に、キルスを含めた全員が警戒行動を取る。よく訓練が行き届いている証拠だ。だが、取り出されたのは場にいる全員が知らない謎のキューブだった。

 晴祥はそれに向けて言葉を発する。すると、暫くしてキューブからこの場の誰の声でもない声が聞こえてきた。

「あー、あー。Mr.晴祥、聞こえてるか?」

「問題ない。丁度目の前にガウスの王がいるから、お前から直接要求を言ってやれ」

「即レス即行動はポイント高いぜ。さて、ガウス王国の諸君。私は桐生創。ヴェルンの……技術顧問? まあ実質的なトップだ」

 小さな箱からリアルタイムで音声を届ける。大臣たちはこの技術をヴェルンが生み出したものと勘違いしたようで、ざわつき、というレベルではない騒然さだ。

そんな中、流石トップというべきか。王その人だけは動揺を見せなかった。

「……交渉の場に来ないとは、革新的なことをするな?」

「しょうがないだろ。国命がかかっている以上こっちは時間を無駄にできないんだ。だから、簡潔に行くぞ。まず一つ。俺たちが戦争をするのは「(アルファ)」という組織だ。これは俺やそこにいるMr.晴祥と同じ、別世界から転移してきた奴らの集団だ。だから、この戦争自体は直接この世界に影響を与えないし、あんたらの守りたい秩序を破壊することはない。ただ、二次被害によってはそれもあり得る。あ、二次被害っていうのは俺たちが戦争中に他国が攻め込んでくることな? そうなるとヴェルンは結構な被害を被るし、喧嘩売ってきた国は地図から消える。

だから、俺たちヴェルン王国は、ガウス王国に他国への牽制を頼みたい」

「……開戦はいつだ?」

 騒いでいた大臣たちはいつ間にか静まり、色々突っ込むのを我慢したような顔の王だけが言葉を発する。

「今日を抜いて4日」

 そして、恐ろしくもあっけらかんと言われた衝撃の言葉に、彼の思考は間違いなく一瞬停止した。

 文人たる王であっても、教育の一環として無論兵法も学んでいる。だがその練度は高が知れていた。しかし、そんな王でも、あと4日で抑止力となるほどの軍を編成し、ヴェルン付近まで派兵するなど到底不可能だと簡単に理解することができた。

 ガウスの名があるだけで抑止力となるだろうから派兵師団の能力は度外視しても良いとしても、残り4日で他の全てを満たせるはずがなかった。可能性があった彼の国が誇るガウス騎士団も、先日の戦闘で多大な被害を受けていて冷静な頭では出兵命令など出せなかった。

 そして何より、王は桐生をそこまでするべき相手だと判断し得なかった。

「不可能だ」

 はっきりと、おそらく揺らがない事実を淡々と告げる。しかし、彼の話はこれで終わりじゃなかった。

「だが……偵察兵ならば。それでも準備期間を含めてギリギリだ」

「いや、実にありがたい、うん。簡潔に決まってくれて助かった。それじゃあ、俺は戦争の準備があるので……」

 そして、乱雑に音声が途絶えた。暫くシンとした空間で、王だけが頭を抱える。それについで、事態を把握した大臣たちが憤慨の声を上げる。

「なんなんだやつは! いくらなんでも無礼がすぎるのではないか!?」

「要求もメチャクチャだ! あと4日で派兵しろなんて正気の沙汰じゃない!」

 大臣たちは吹っ切れたかのように先の会話の不満を溢した。だが、どの内容も各省ごとにこの件をどう扱うかというものであり、一応前向きな姿勢をとっている。

 そして、芳しくない表情をした王が呻くように言葉を絞り出す。

「キルス、この件の指揮権はお前に任せる。だが、お前自身は出るな。無理難題を押し付けるようで悪いが、頑張ってくれ。他のものはキルスの指示に従え」

「!? は……はいっ! ご期待に添えるよう、最善を尽くします!」

 突然の指名に驚きながらも、見事な敬礼を王に見せる。その表情も真剣そのものだった。そして、王の出した条件の中には義理人情の強い彼にとって最も難しいことが含まれていることを、まだ理解しきっていなかった。

 

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