「か、硬え……」
「どう? どう?」
「そう急かすなよ……食うからさ」
「それさっきも言ってたけど見つめるだけで口にしようとしないじゃん」
「そ、そりゃあこんな状態じゃあな……」
美月ははあ……とため息をついた。
今美月たちは、アルの起こした火でドラゴンの肉を焼き、その火を囲いながら実食に入るところだった。水は先程まで画面越しに会話をしていたネムから教えてもらった魔法で出し、それ以外はドラゴンの牙や鱗でカバーした。
周りを見渡すと、頭と体が分離して血液が流れ続けるドラゴンの姿が目に入ってきた。切り口は奇麗だが、それでも死体だしグロいものはグロい。そしてあまり実感は湧いてなさそうだが、このドラゴンはスキルを使ったとはいえ美月が殺したのだ。そんな状態でその肉をバクバク貪れるほど美月は鈍くなかった。
「こいつの肉だって思っちゃうといかんせん食欲が……」
「あ、おいしいよこれ。ちょっと硬いけど調味料無しって考えると全然いけるよ」
むしぃー、と口に入れるのを躊躇う美月の横で、アルはドラゴンの肉にかぶりついていた。流石傭兵というかなんというか、生きるために仕方ないとはいえここまで躊躇なく行動を起こせるものなのだろうか。
「た、たくましすぎる……。手先も信じられないほど器用だし、やっぱ傭兵としての経験が生きてるのか?」
「まあそうなんじゃない? 夜襲なんて効率的な動きが超大事だし、紛争地帯じゃ食べ物は全部貴重。躊躇ってる暇なかったから」
「そんなにやばいのか……」
アルの言葉に美月は自分の軽率な発言を反省する……暇もなく、アルは笑いながら任務中のことを語り始めた。
「僕の仲間にえっぐいくらいパワーもスピードもある大男がいたんだけど、そいつ煙草吸わないと全然調子でないから僕らでヤニギガスって呼んでたんだ」
「それ通じたの!?」
「そいつは特に好きだったからね」
「勝手なイメージだけど、もっと殺伐としてるのかと思ってたぜ……」
「僕は僕のチームしか知らないけど、他はそうなんじゃないかな。僕らは他人を気にしなかったから、戦場で見捨てられた後生還しても笑い話になっちゃうんだ。だから険悪になることなんてほとんどなかった。
あっでも、任務が長引くとみんなピリピリしてたな~」
あむっ、と話しの合間に美味しそうに肉を頬張り、まるでいい思い出のように嬉しそうに語るアル。まあ、当人からしたらそうなんだろうが、聞いてる側からしたら笑いながらその話をするのは違和感でしかないだろう。
「もう獲物来たら奪い合いになっちゃってさ、大変だったよ。……って僕の話はいいから早く食べなよ」
「う、忘れてなかったか……」
「そんな短時間で忘れる程記憶力悪いわけないでしょ」
肉とにらみ合い、中々動かない美月に痺れを切らし、アルはこれでもかと急かしまくる。
「ほら、早く。はーやーくー」
「ええい、なるようになれだ!」
美月は上着を脱ぎ、意を決して肉にかぶりついた。美月の予想通り肉汁は飛び散り、上を脱いでなかったら悲惨なことになっていただろう。アルは肉汁とか一切飛び散ってなかったような気もしたが美月は気にしないようにした。
「どう? どう?」
「か、硬え……」
「それで?」
「肉の味はすっげー濃いんだけど……噛めば噛むほど出てくる肉汁が獣臭さたっぷりで……。言っちゃ悪いが食えたもんじゃねえ……」
「ミツキも一回体験すれば食べられるようになるんじゃない?……あの地獄を」
一瞬表情が暗くなるアル。あれだけ楽しそうに話していたアルの表情が一瞬で曇るくらいの地獄……想像もつかない。アルにも触れてはいけない記憶というのはあったようで、美月は中々噛みけれない肉に悪戦苦闘しながらブンブン、と無言で首を横に振った。
暫く黙々とした食事の時間が続いた後、一足先に肉を食べ終えたアルがふと思い出したかのように美月に話しかける。
「そういえばあの謎のスキル、ネムちゃんが言うには外部から強引にねじ込まれたものらしいけど一体誰がやったんだろうね」
ごくん、とようやく肉を飲み込んだ美月は息を切らしながら答える。さんざん文句を言っていたが一応全部食べ切るつもりのようだが、表情を見る限りもう心は折れてそうだ。
「多分、あいつの敵対勢力じゃないか?なんかあいつ嫌われてるらしいし、あの時のあいつの顔何かしら心当たりがありそうな表情だったしな。大方このよくわからんゲームを阻止しようって魂胆なんじゃねーかな。雑な推理だけどこんくらいしか思い浮かばないぜ。それにしても……」
美月は諦めたのか肉を皿の上に置き、手のひらの上に小さな火の玉を出現させる。
「便利なモンだね、魔法って。いいなー、僕も使いたいよ」
「あいつはレベル2の特典って言ってたな。ほかにも新しいスキル覚えられるみたいだし、心なしか体も軽くなってる。レベルアップさまさまだな」
「あ、そうだ、魔法で囲いとか作れない?ドラゴンの脂とか土煙で服汚れたから、すすぐ場所ほしいんだけど」
「よし、任せろ!なんか今ならなんでもできる気がするし、それくらいなら多分いけんだろ!」
「わー!なんかフラグっぽいけど僕は気にしなーい。ミツキ大好きー!」
このわずか五分後、美月は膝をつき、アルは期待通りの結果に笑いをこらえていた。
「え?むっず……。何故こんなに難易度高く設定されてらっしゃるの?」
「み、ミツキ……フフ……」
「てかこんなことしなくても洗浄できる魔法あったわ!なんだったんだ今の時間!」
美月が喚いている間、アルは美月の使った魔法について軽く推理する。
(火や水を出すのが難なく出来て、今みたいに土を動かすようなのは難しい、普通逆じゃない?いや、そうでもないか。ネムちゃんが異世界っぽいもので組み上げられてるって言ってたらしいけど、まだ僕たちが認識してない概念ってのが関係してるのかな。……ラノベとかゲームとかが情報源になってるってことが本当ならほぼほぼ魔力で正解だろうけど)
「どうしたアル。魔法使うけど大丈夫か?」
「全然おっけ~」
「ほいっ、洗浄」
どうやらこの世界の魔法は俗にいう詠唱が不必要で、使うかどうかの判断のみで実行できるらしい。先程美月が苦戦した土魔法の操作のように、魔法の効果(土を出す)+命令(囲いの形に動く)のような形ではなく、効果自体が洗浄だったので容易に発動できた。ただエフェクトとかが出ない魔法だったため、美月たちは成功したかどうかわからず戸惑っていた。
「おおっ。……なんか清潔な感じがする」
「俺もそんな気がする、……成功ってことでいいだろ。よくわかんねーし。それにしてもどういう原理なんだか」
「こういうことに理屈を求めるのは無粋だよ。理屈じゃ説明出来ないのからこその魔法なんだから」
「はいはい。……それにしても」
美月は上着を着て後ろに鎮座するドラゴンの死体に目を向ける。
「あれ、どうすんだ?」
「どうするって、食べるよ?」
「いや、そうじゃなくて。食料とはいえあの量は持ち運べないだろ。だからって全部食べ切るまでここに残るわけにもいかないし。ってか全部食べ切るまでに絶対腐る」
「あーそういうことね。なら大丈夫だよ。干すから」
「え?」
「知らないの?干し肉にすれば保存期間がぐぐーんとのびるんだよ?あ、勿論運べる量だけ干すつもりだけど」
自信満々にそういうアルに美月は言葉を失った。
「火だってミツキが起こせるし、吊るす台も魔法で何とかなるからそんなに時間かからないと思うよ」
「魔法で土台つったって、さっきの見たろ?縦に土を積むことすらままならないのにそんな高尚なモンできるわけが……」
「僕が応援してあげるからきっとできるよ」
「いや、俺はそういう人種じゃない……」
「僕がドラゴンの解体を終わらせるまでに作っといてね。あ、先に上に乗っかってる木どかして?」
美月は人の話を聞かずにどんどん突き進むアルにこれ以上の説得は無駄だと悟り半ばやけになって作業を始める。
「やってやる!日が変わる前に終わらせてやるわ!!!」
しかしそんな美月の思いもむなしく、月が沈み、太陽がちょうど真上に上るまで準備は終わらないのだった……。