「ほら、俺一人って言ったろ?」
「数」が戦争を決意してから4日、つまり、開戦まで残り3日。美月は劉と組んだ作戦を実行するために、本部に乗り込んでいた。
「意外とすんなりいけるんだな」
「俺のスキルを使えば当然だ。何を握り込んだかは基本バレない」
劉はそう言って右手を開き、美月にとって見覚えのある棒を取り出した。
劉のスキルは、両手で握ると物体を圧縮して収納するというもの。ただの物質ならなんでも、人間でも同意があれば期限付きで収納できる。左手から出てきた美月の様子を見るに、その後遺症のようなものはないようだ。
「まあ、一人気をつけなきゃならないやつはいるが」
「それが前日に来た理由か」
「おー、冴えてるな。その通りだ。お前の潜入に唯一気付けるのは、獣化が出来るそいつだけだ」
「獣化……匂いとかでバレるってことか」
「ご明察だ。だから真っ先に片付ける必要がある。あいつが俺の呼び出しに応じるかは不明だが、今日中に二人きりになる状態を作って始末するのは絶対だ。後始末も……」
美月は説明途中の劉の口に人差し指を立てる。そして小声で、簡潔に要件を伝えた。
「誰か来る。早く俺をしまえ」
劉は一瞬驚いたが、すぐに言われた通り美月を右手に収納する。
劉はその誰かが接近してくることを察知できていなかった。だが、念の為取ったこの行動は、作戦成功に大きく貢献することになる。
部屋のドアが静かに開く。そして、入ってきたものは何かを探すように辺りを見回した。
「……お前一人か?」
「そうだな。お前はなんのようだ?」
その入ってきた人物を見て、劉は心の底から歓喜した。なぜなら、入ってきた人間こそが、真っ先に始末すべき「獣化」を持つ人間、樽屋和人その人だったからである。
降って湧いた好機をものにするため、劉としては慎重に会話を進めたい。しかし当然といえば当然だが、向こうはそう協力的ではなかった。
「なに、ちょっと知らない匂いがしたもんで、様子を見に来ただけだ」
樽屋は劉を睨みつけながら、暗に気づいていると伝えてくる。劉は最初に誤魔化したので、既に敵認定されているだろう。樽屋は彼に向かってゆっくりと近づいていく。
「……そりゃ、さっきまで外にいたんだから、知らない匂いがついても不思議じゃない」
樽屋はこの言葉に反応せず、近づき続ける。そして、眼前まできたところで威圧し、核心を突く発言をする。
「じゃあ、右手を開いてみろ。なにもないんだろ?」
状況的に追い詰められているはずの劉は、笑みを抑えられなかった。まるで、この状況を待っていたかのような、そんな反応。
彼の反応が答え合わせみたいなものになっているが、「数」では議席を持つ者同士で戦うのはご法度となっている。当然、劉は守らないが、忠誠心の高い樽屋は律儀に守る。
つまり、確定的な証拠を手に入れない限りには、どれだけ疑わしくても攻撃出来ないということ。
整理してみれば、一転して劉の方に状況が傾いていた。
劉は手首を振り上げて手のひらを見せる。しかし、なにも出てこない。
「ほら、俺一人って言ったろ?」
「……!」
樽屋が自分の読みを外して驚いた隙に、喉へとエルボーを入れる。それと同時に、樽屋の背中へともう防いでも耐えられないような一撃。
先程、勢いよく手首を振り上げたのはこれが理由だった。劉が収納してたものが元の大きさに戻るまで、コンマ数秒のラグがある。その間は小さいまま、手の外にいることができ、それを利用して本来は大きいものを投げることが可能なのだ。つまり、小さいままの美月を樽屋の背後に投げ、背後を取った状態で元の大きさに戻る。そのまま攻撃することで、挟み込む形での奇襲になった。
喉が潰れ、悲鳴を上げることなく樽屋は膝をつく。それでもまだ意識はあるようで、体が肥大化する。「獣化」を発動したと見るや否や、劉は追撃を始める。低い位置に来た頭へと膝蹴りをし、頭をつかんだまま前蹴り。しかし獣化は止まらない。肥大化した全身に白い体毛が生え始めた。とうとう劉はチョークをかけて、締め落としに入る。獣化して首が太くなったので時間はかかるが、樽屋は事前の攻撃で最早抵抗できなくなっていた。
ただゆっくりと意識がなくなるのを待つだけ。
「ドアを閉めてくれ」
かちゃ、とドアが閉まる音。そしてそのすぐ後に、あまり聞き心地の良くない、鈍い音が連鎖的に部屋に響いた。
「任務成功だ」
美月が振り返ったときには、もう樽屋の姿はそこになかった。




