「対策会議」
「ここがヴェルン王国か。どうやら、戦争をするというのもあながち嘘じゃないらしい。ここから見たって、普通じゃないくらい警戒してるのがわかるぜ」
ヴェルン王国の門前、ここからでもぴりついた空気がわかるくらいの厳戒態勢で、守衛が検問をしていた。
晴祥は、守衛に見つからないように隠密をしながら、様子をうかがう。彼から最初に出てきた感想は小さい、だった。ガウス騎士団の規模や実力から見て、それを組織しているガウス帝国はかなりの軍事力と国際的政治力を持っていることが想像できる。そのため、今目の前にある小さな国が戦争の準備をしているというだけで、あそこまで焦っていた理由がわからなかった。だが、彼に課された仕事は偵察。なぜ警戒しているなんて知らなくていい。重要なのは戦争をする理由と、国。目的を改めて明瞭に把握した晴祥は、念を入れて兵士の最も少ない場所から侵入することにした。
スキルというのは便利なものだ。こんな簡単に気配を消せるのだから。前を通る兵士も、こちらに向かってくる兵士も、どれも気づく気配はない。隠密という圧倒的汎用かつ有用なスキルに、彼はらしくもなく神というもの、最初に出会った少女に感謝をした。
晴祥はするすると警戒網を通り抜け、難なく城にたどり着いた。ここで彼は、城のほうから見知ったエネルギーを感じていた。それが何なのかはわからないが、ここ最近ずっと感じていたものであることは確かだ。自分の中にも、気のせいじゃないなんらかの力が混在していることに気づいた。ムラがありながら、体を循環するように流れるエネルギー。詳しいことはわからないが、これが悪いことじゃないというのは明白だった。
心なしか、体が軽いような気がする。彼にみなぎっていたエネルギーは、まぎれもなく神力のそれだった。
城に張り付きながら、兵士とともに城内に入る。もちろん、誰にも気づかれない。その後、自由に動き回ると、異様に厳重な警備をされている部屋が一つ見つかった。そこは、ただならぬ雰囲気を醸し出している。それだけじゃなく、そこから神力の気配が一番濃く出ていた。その力が何なのか理解していない晴祥にも、それは伝わっていた。
隠密に対する絶対的な自信をもって、警備兵たちに近づく。すると、後方から重役らしき人物が目前の部屋に向かっていく。
完璧のタイミングでの登場に、晴祥は心の内で喜ばざるを得なかった。先ほどと同様に背後について室内へと侵入する。中は、かなり広い会議室で、そこには槍や剣で武装した兵士から想像できないものが堂々と置いてあった。
銃。これは、ライフルだろうか。この世界にないはずのものに一瞬思考を奪われる。しかし、それもつかの間、目の前から発せられるものに、全神経を向けざるを得なかった。
目の前にいたのは一人の男。その人物が、力の発生源だと一目でわかった。その男こそが、桐生創だった。
桐生は一度手をたたき、視線を集める。
「それでは、これから起こるであろう侵攻の対策会議を始めよう。それでは、手元にある資料を見てくれ」
そこから、本格的な戦略会議が始まった。晴祥にとってそれは新鮮な体験で、盗み聞きしているのを忘れるほど楽しんでみることができた。軍事的なことはよくわからないが、聞いている人間たちの納得したような顔を見て、効果的なものであることが分かった。そんな中、ある一人の質問から、晴祥は元の目的を思い出すことになった。
「この仮想敵は何を想定しているんだ? 戦力的に考えると、これはガウス帝国の軍事力を超えているのだが……」
「仮想敵は「数」。俺と同じく、転移者だけの組織。俺の知る限りなら112名を有している。なんなら少し減ってるかもな」
桐生の発言に部屋中の人間がざわついた。それもそのはず、この大陸で最も強いガウス帝国を上回るのが、たった112名の組織だと、目の前の人間が言い切ったからだ。それでも、嘲笑するような人物は出てこない。どれだけ突飛なことを言おうとも、桐生の功績を鑑みたときに笑える人間などいなかった。正しいことを言っているのだと、その場の誰もが理解していた。
「まあ、安心しろ。さっきも言った通り、有象無象なら銃を持った兵士で十分無力化出来る。あとは……協力を得られる予定だ」
そう言いながら、桐生はなにもない空間に視線を向けた。……偶然にも、そこには隠密を使い、姿と気配を隠していた晴祥が立っていた。偶然だと思いながらも、晴祥は視線を向けられてすぐに移動を始めた。次第に問答がヒートアップする。その隙を見て、静かに扉から抜け出した。そして、外に出た瞬間、静かに、なおかつ素早く顎を狙って攻撃を放った。
兵士たちは呻く暇もなくバタバタと倒れていく。部屋の中にいる重役たちは、会議に熱中して気づく余地もない。
最短で門まで向かおうとした矢先、これから起こることに脳が危険信号を発した。鋭い殺気に見舞われ、晴祥は本能的に体をのけぞらせる。
空気が切れる音。本能に従っていなければ、今頃重傷を負っていたことは明白だった。
「今のをよけるか……」
晴祥は奇襲してきた相手を睨む。包帯をいたるところに巻き、動くのもやっとのような姿をした男。どうやらこいつには、晴祥の姿がとらえられているらしい。
なぜばれたのか。晴祥はまずそこを考える。可能性としては、兵士を落とすために一瞬隠密を解いたそのときくらいだ。だが、それでは今まで正確に位置を把握していたの理由にはならない。
なにか、決定的な理由があるはず。そう判断し、一度距離をとって様子を見る。すると、男から発せられる殺気が、まったく別のものに変わった。先ほど桐生から感じたものと近いなにか。ただ、こちらはただ濃いだけではなく、洗練されていることが肌でわかる。
「そんな駄々洩れの神力で、バレないとでも?」
男は見えないはずの晴祥を見据えて、一振り。まるで虹が剣に宿っているかのような美しい奇跡が描かれる。
気づいた時には、斬撃は眼前まで迫ってきていた。
そして、銃声。ここで晴祥は確信する。自分は会議を盗聴していたのではなく、聞かされていただけなのだと。
斬撃は一発で跡形もなく破壊され、見る影も残らなかった。
「手荒な真似はやめてくれ、Mr.杉下。こいつは俺の客人で……」
桐生はしたり顔で続ける。
「この戦争に勝つ、カギだ」