「人の顔見てうわ……は酷いよ」
アルが薪を集めている間、美月は何もすることがなかった、というより何も出来ることがなかったので何か変わってるかなーとポケットの中からキューブを取り出す。
「そういやこれ、最後アルがもってなかったっけ……別に気にするほどのことじゃないか」
俺が抱えた時とかに戻したんだろうな、と細かいことは気にせず美月はキューブの電源を付け、プロフィールを開く。気になるスキルの部分に変化はなく、謎のスキルは《???》と表記され続けていて読めないままだった。美月はため息をつきキューブの電源を落とそうとするが、ボタンを押しても画面は消えない。
「あれ? 電源ボタンってここじゃないのか?」
といいつつも美月は特に慌てた様子を見せない。そもそもキューブについてよく知らないのでそう思うのも不思議ではない。
美月がキューブのあちらこちらを押していると、急に壮大な、それでいて聞き覚えのある音がキューブから流れてきた。
「……レベルアップ音?」
直後に画面が切り替わり、出てきた人物に美月は顔を歪ませる。
「美月君、レベルアップおめでとう!」
「うわ……」
「人の顔見てうわ……、はひどいよ」
人の顔って、そもそも人じゃないし顔半分隠れてる奴が何言ってんだ……と美月は嘆息する。
画面には、美月たちをこの世界に飛ばした張本人ってか張本神であるネムと、いくつもの楽器が近くに置いてあるメイドのような女性が二人で映っていた。
「ネム様、クラッカーをお忘れです」
「あ、そういえば。……せりゃっ!」
パァン!!!
「うるさ!!」
想像以上の音のでかさに美月は思わず耳をふさぐ。
「あー、マイクに近づけすぎちゃってたみたい。大丈夫?」
「神のくせになんでそんなもん使ってるんだよ……」
「あ、大丈夫みたいだね。僕、初めてのクラッカーが君に使えて感激してる! 長いこといろんな神様に嫌われてたから一生使えないと思ってたんだ!」
「ネム様、本題に入りましょう。あちらのお方が茫然としてらっしゃいます」
「ああ、ごめんごめん忘れてた。ありがとルリ」
こほん、とネムは嬉しそうに咳ばらいをする。
会話のペースを持っていかれた美月はルリが言ったように呆気にとられ茫然としていた。
「美月君の最速レベルアップを祝って! いろんな質問に答えちゃいまーす!」
「あ? どういうことだ?」
「じゃあまずこの世界について詳しく教えてあげるね。この世界は……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんで異世界なのにそんなゲームみたいなものがあるんだ? 異世界だからって基本は俺が元々いた世界と基本は変わらないはずだろ? それにレベルアップ祝いって俺がいつ……」
「あーうん、うるさい。それを今から話すからちょっと黙っててくれない?」
「あ、はい」
美月はネムの先程とは打って変わった冷めた声色に圧を感じ、言われたとおりに口をつぐむ。ネムはそれを確認したのち、また嬉しそうな声色に戻り話を続けた。
「まずこの世界の成り立ちについて。
とはいえ概念として生まれたこの世界に異世界っぽい本やらゲームやらを与えてたらこうなった、くらいしか言うことないけど」
「すまん、まず前置きからわからない」
美月の思考能力が突飛なことを差し引いてもこれだけなら誰だって理解できないだろう。そんな美月の質問にネムは笑いながら答える。
「僕もよくわかんないから気にしなくていいよ」
「それでいいのか……」
「いいのいいの。それでその弊害かなんか知らないけどレベルアップめちゃめちゃ時間かかるようになっちゃったんだよね。そうだなー……ドラ○エのスライムの経験値を5として、それを2000匹倒すとレベル2に上がれるって感じだから、経験値10000くらいかな?」
「ドラゴン倒してやっとレベル2とかまじかよ……」
「だってあれ、倒さなくても君死ななかったし」
「まあ俺は離れてたしな」
美月はその時のことを思い出す。やっぱあれ、アルのリスクが大きすぎたよな……。
「いや、そういうことじゃなくて」
「じゃあどういうことだよ」
「いやほら、わかんない?」
説明を渋るネムだが、美月がほんとに理解できてなさそうだったのでため息をついて結局説明をした。
「最初に言ったでしょ? 72時間は殺せないって。ドラゴンが君に追い付けなかったの不思議に思わなかった?」
確かに……とハッとしたような表情を浮かべる美月。あのときは必死でそこまで考えが及ばなかったが、冷静になって考えてみれば確かにおかしい。
美月はあのドラゴンに遊び心があったのかな?なんて一瞬でも考えてしまった自分が恥ずかしくなっていた。
「じゃあなんだ? その制約がなかったら俺とアルはあのドラゴンに食われてたってことかよ」
「ううん、食われてたのは君だけだよ。アルハード君は傭兵だし、一人なら簡単に逃げ切ってると思うよ。逆に君と会ったことで生存率を下げてるくらいだし」
「え? そうなの? あいつそんなに凄いの?」
「10歳くらいから紛争地域の前線で暴れてたみたい。要人暗殺とかもやってるね」
これには美月も動揺……するかと思いきや、案外あっさりした反応を見せていた。
「あれ、驚かないんだ」
「予想通りって感じだよ。山暮らしじゃないなら傭兵なんじゃないかって考えてたくらいだからな」
「なんでその二択なの……? ってネムちゃんじゃん、どういう状況なのこれ?」
後ろから聞こえた声に振り向くと、アルが木の枝を大量に両手に抱えて立っていた。
「戻ってたのか」
「こんな木がいっぱいある場所なら、木の枝集めに時間かからないよ。それより、何の話してるの?」
「あー……それはだな……」
美月は自身もよく理解してないことを大雑把ながら簡潔に説明し、アルはなんとなくでそれを理解した。
「なるほど、レベルアップ記念ね。それで僕について聞いてたんだ」
「その言い方は語弊があるが、正直今のでそこまで理解できるのすげえわ」
感心する美月をよそにアルとネムは二人で盛り上がる。
「てか勝手に言わないでよネムちゃん! これじゃ僕が隠してたみたいじゃないか!」
「ごめんごめん、呼び捨てをするほどの仲だからもう言ってるのかと」
「色々ごたごたがあって言えるような状況じゃなかったから……」
「ところで美月君はボーっとして何を考えてるんだい?」
「そこで俺に振るのかよ」
仲良さそうに話すアルとネムに静観を決め込んでいた美月は急に話を振られ驚きながらもしっかり対応する。
「お前らってすでにそんなに仲良かったんだな」
「ううん、初対面」
「もともと神と面識のある人間なんているはずないだろう?」
「マジでか……やっぱ女子って仲良くなるの早いんだな」
「え? そうなのネムちゃん?」
「フフw……面白いなあ」
「え? は?」
「もしかして僕に言ってるの?」
「え? いや、両方だけど……」
美月の言葉に予想外の反応をするアルと、その反応やネムが笑っていることから美月は自分にとってあまり信じたくないことを察してしまう。
「アルって……女だよな?」
「……どっちだったら嬉しい?」
「……」
「……気づいてないとでも思ってた?」
戸惑うふりをしていたアルの口から出た言葉に美月は膝から崩れ落ちる。美月が何故ここまで落ち込んでいるのか、それはアルが男だという事実により期待が裏切られたからではない。とはいえ完全にないというわけでもなく少しはあったようだが、それよりもその事実によりこれからどうなるのか、いままでのアルの発言を覚えているなら優に想像がつくだろう。
アルは邪悪な笑顔で美月を見つめる。
「僕、そんなにかわいかった?」
「可愛かったよこんちくしょう!」
「アッハハハハハハッwww、ハハッハハwww」
開き直る美月に大爆笑するネム。
「というよりなんで気付けなかったのか疑問なんだけど。僕、女の子みたいに髪長くしてるわけじゃないし」
「髪型だけで判断できるほど経験ねえんだ……」
「でも普通は君より体力があったり、ドラゴン捌き出したりしたところで何かしらには気づくでしょ」
「家庭的でちょっぴり山暮らしな小柄な女の子だと思ったの!」
「それで家庭的は冗談だとしてもきついよ」
「そうそう、僕を目の敵にしてる偉大神の方々くらいつまらないよ」
「ネム様、まだそちらの神様の方が面白いことが言えます」
「もう殺してくれ……」
三人にボロクソに言われメンタルがボロボロになる美月。
ネムがなんかサラッと流しちゃいけないようなことを言ってた気もしたが、今の美月には気づけど反応する余裕などないのだった……。