「戦争が始まるんだよ」
ニエルはドアを3回ノックする。
「桐生殿。入ってもよろしいですか?」
「許可しよう」
「失礼する」
ドアを開けると、倒れている人間の頭に発砲する男の姿が目に飛び込んできた。無表情に人を殺しているこの男こそが、桐生創だ。
「な、なにをしているのだ! ここは離れとはいえまだ城内だぞ! 神聖な城で人殺しなんて……」
「安心しろ、もう終わった。それに、お前は俺よりもっと黒いだろ」
「ひっ……」
桐生は黒い鉄の塊、この世界においては人を殺すために作られた拳銃をニエルに向けた。この兵器の威力を良く知っているニエルは、恐怖でまともな声が出せなくなった。
あれは4日前、桐生が拳銃を携えてこの国を訪れたときのこと。彼は資金提供を受けるため、鎧も兜もなしに、拳銃だけでヴェルン国の誇る騎士たちと戦ってみせた。
結果は圧勝。一発で鎧を貫くことはなかったが、そのせいで逃げ場のなくなった弾丸のエネルギー全てが体に流れ、大きなダメージを与えた。当然、それを受けながら進むことは出来ず、足は止まる。その隙に何発も打ち込まれ、その内数発が鎧を貫通し、内部の肉を侵食した。
この兵器の威力に王は感銘を受け、資金提供を約束した。それどころか、住む場所まで提供したのだ。
しかし側近たちはそれどころじゃなかった。いつその凶弾が自らを貫くことになるのか、気が気じゃなかったのだ。
固まったニエルを見て、桐生は表情を変えずに銃をおろす。
「ま、冗談だ。それで、なにか用でも?」
「え? あ、ああ……そうだった。クリエ第2王子の専属部隊が使用していた銃について……」
ニエルが話し始めた途端、初めて桐生の表情が変わった。その顔から大きな嫌悪を感じられる。
「……? どうかしたのか?」
「別に? 勝手に試作品持ち出して難癖つけてきた王子の名前が出るだけで聞く気が失せた……というわけじゃない。気にせず続けろ」
こんなことを言われたら気にしないことなんて出来るわけがないのだが、銃を持った桐生を前になにか反論する勇気はニエルになく、そのまま話を続けるほかなかった。。
「え、あ……ああ。あの形態の銃を量産してほしいそうだ。サクラ小隊が失敗した任務を数名で成し遂げられる威力、あれを全部隊に持たせれば勝てない国はなくなる」
「それは言われるまでもない。お前らには戦ってもらわなきゃ困るからな」
桐生は先程撃ち殺した死体を見て呟く。
「それは、どういう意味で?」
「近い内にこの国は攻められる。つまり、戦争が始まるんだよ」
「なっ……!?」
桐生の発言にニエルは驚きを隠せなかった。一体どこの国が攻めてくるのか、精一杯思考を張り巡らせる。
近辺の国は既に支配下に置いている。そして遠方の諸国にも我が国の実力は知られているはず。こんな小さな国を攻めても大した利はない。それでも攻めてくるなんて、秩序に重きを置くガウスくらいしか思い当たらないぞ!? もしそうなら……勝ち目はない。王は銃を信用しきっているが、ガウス騎士団の実力には到底敵わない。ああ……終わった。もう駄目だこの国は。クリエなんかを王にしている暇はない。即刻他の国へ逃げなければ……!
顔がどんどん青ざめていくニエルを見て、桐生はサラニ追い打ちをかけるような発言をする。
「いいか? 相手はお前の想像の範疇に治まらない。なんせ全員、俺と同じだからな」
桐生と同じ。それは、全員が転移者であることを示していた。それを聞いた瞬間、ニエルは血相を変えて飛び出した。
「……小物が」
「でも、実際どーなの? 喧嘩売ったけど、勝ち目ある?」
部屋の奥から、腰まであるツインテールの少女が桐生に声をかけた。艶のある髪の毛や肌に反して、瞳は色を失っていた。そして何より、首の一部分が縫いつけられたかのように、ツギハギになっているのが目立っている。
「今度はツインテか。まあ、いいんじゃないか? それを堂々と出来るのは未成年の特権だ」
「この世界じゃ高1でも成人してるらしいけどね。それより、ちゃんと答えてよ。勝算は?」
「開戦が明日なら3割。まあ、一週間後になると思うけどな。そうなりゃ8割は固い」
「へー……自信満々じゃん」
「こっちから仕掛けといて自信ないなんて、ただのギャグだろ。さて、こっから忙しくなる。助手を頼もうか。千春くん」
「はーい」
「数」本部。金城によって回収された3人のうち1人は、既に瀕死の状態だった。
「なあ、これ見ろよ。心臓貫かれてんのにまだ生きてるぜ」
「これ、誰にやられたの?」
「なんか強い女。転移者じゃなかったな」
金城は治してもらった肩をぐるぐる回してそう答えた。
「じゃあ、転移者以外には殺されないってことか。これは使える情報だね」
「それで、こいつどうする? 魔法は欠損部位を治すだけで、なくなった血は戻せないよ」
「誰かこいつの血液型知ってる?」
その場にいた全員が無言を返す。
「じゃあ……しょうがないな」
「ああ、殺すか」
「誰が殺る?」
「公平にじゃんけんにしようぜ?」
「よし。それじゃあ……じゃんけんぽん!」
悲痛の叫びは声にならず、誰の耳にも入ることはなかった。