「頭潰したくらいでも死なないんすけどね」
志倉の思考は止まった。何をしようが生き残る道の見当たらない現状と、彼の首に向いた燃え盛る翼はら彼を諦めさせるのに十分だった。だが、現実は思ったより彼に甘く出来ていたようだ。ミリスの翼を阻むように、突然志倉の前に一人の男が現れた。
「やけに遅いと思ったら、こんなことになっていたとは。帰るぞ志倉。お前にはまだやることがある」
「貴方たち、一体何者なんすか? そこの人の仲間ってことは、見てわかるんすけど」
「金城一輝だ。その翼、収めてくれると嬉しいんだが」
金城と名乗る男は、笑顔を作り、ミリスに向けた。寒気のするような薄ら笑い。ミリスは一層警戒を強める。
「考えて上げてもいいっすよ。……残りの二人が出てきてくれたら、の話っすけどね」
ミリスの言葉に、金城の眉毛がピクリと動いた。そしてそのまま睨み合いが続く。ミリスは横に手を出し、後ろの冒険者たちに待機の指示を出した。炎の翼はより一層猛く燃えている。
金城はこのままにらみ合いを続ける予定だったようだが、後ろに潜んでいた仲間は違ったらしい。木の影からなにかが飛び出した。
「うわっ……」
その何かは彼女の胸を貫通した。目に見えない速度の攻撃。起きてしまった事実に対抗する術はなく、ミリスの口から血が垂れた。
「おっさんは駄目だな。最初からこうしとけばいいんだ。姿を見せる必要なんてない」
ミリスの体は力なく地面に倒れこむ。そして、追い打ちをかけるように、見えないなにかによって彼女の頭が弾け飛ばされた。
「そして、お前も爪が甘い。あんな大層な羽をはやしたやつが、心臓ぶち抜いたくらいで死ぬわけがないだろ」
木の影から、金城の仲間が二人、ゆっくりと出てきた。まだ臨戦態勢は解いていない。だが、ミリスのいなくなった冒険者たちの顔ぶれを見て、意識せずとも一瞬緩む気持ちは存在したようだ。その一瞬の隙を見逃すほど、彼女は甘くなかった。
片方の体を貫いて、炎の翼が燃え盛る。
「ぐはっ……」
「頭潰したくらいでも死なないんすけどね」
「ちっ……」
仲間が刺されても、男は取り乱さず頭を撃ち抜く。ミリスの頭は衝撃で弾け飛んだが、今度は倒れる間もなく即座に再生した。そして男を殴り飛ばす。
「さて、残るはアンタだけっすよ」
そう言って金城の方を向く。しかし、彼は目を瞑ったままピクリとも動かなかった。これは……寝ている?目の前で仲間がやられているのに、敵が目の前にいるのに、何も感じずに寝ることなんて出来るのだろうか。十中八九何らかのスキルによるものだろう。ミリスは過去の経験上、このタイプのスキルは無防備な状態への攻撃がトリガーになることが多いことを知っている。当然、それを警戒して中々手が出せない。
ここには自分以外にギルドの冒険者がいる。無闇に攻撃してなにかが起きたとき、大きな損害を被ってしまうだろう。
ミリスは冒険者時代をふと思い出す。あの頃は周りに誰がいようと関係なかった。だが今はギルド職員。冒険者を守る義務がある。昔より自由ではないが、その分強くなったと自負している。
ミリスの全身が徐々に燃えていく。翼も、ただの炎色から薄く輝き出す。転身が進み、体がさらに鳳凰と深く結合する。
「皆さんはキルス君たちのところへ先に向かってくださいっす。信号弾の場所はわかりますね?」
冒険者たちは顔を見合わせ、全員全速力で走り出した。それと同時に金城は目を覚ます。そして次の瞬間、走り出した冒険者たちは全員倒れていた。
「『帝刻』」
金城から今まで全く感じられなかった威圧感を受ける。今まで見たことない形式のスキルに戸惑いを感じながらも、金城の速度に辛うじて目が追いつく。だが、やはり戸惑いというのは反応に大きな遅れを生み出すもので、攻撃を避けることが出来なかった。
「案外脆いんだな」
「ッ……!」
ミリスは左腕を引きちぎられ、声も出なかった。それは、異様に再生が遅いことに対する驚きも混じっていた。転身の進んだ体はより鳳凰の特性を強く受ける。そのため、本来なら先程までと比べて再生速度が更に速くなるなのだが、金城に千切られた左腕の再生はとても遅い。
手の届く範囲に金城がいるうちは、片腕でしか反撃することが出来なかった。そして、千切られた左腕を投げつけられ、ミリスは木にぶつかった。
金城はミリスの左腕を千切ってからものの数秒で仲間全員を回収する。
そして、冒険者たちを含め、全員を一瞥出来る木の上でこう叫んだ。
「それではまた会おう。我々は、「数」だ!」
そして金城は木々を揺さぶり、その場から飛び去った。しかしミリスの目は、まだその背中を追っている。
「逃さないっす……」
残った右手を金城の飛んだ方向に向けて、エネルギーを溜める。先程と比べると、断然遅い。この速度なら、射程ギリギリで直撃する。
「『鳳天撃』……!」
溜め込んだエネルギーが、超高速の熱線となって空を引き裂く。そして、予想通り射程ギリギリで、金城の肩を貫いた。
「なぁっ……!」
「あそこまで行かれたら、もう届く技はないっす。それは、左手と冒険者たちのお返しっす」
ミリスの体はゆっくりと炎が鎮まって、元の体へと戻っていく。そして、自分の姿を見てため息をもらした。
「服、ボロボロになったすね。この姿じゃ流石に……。一旦帰って着替えるっす」
ミリスは帰還魔法を唱えようとしたとき、近くで聞き覚えのある声が聞こえた。
「えぇ……なんでこんなに人倒れてるの……?」
それは、逃げた志倉を一人で追いかけてきた美月だった。
かなり距離があるのだが、美月の目にはしっかりとミリスの姿が映っていた。
「……ミリスさん?」
そして、両者の視線がぶつかる。ミリスの思考は止まり、一気に顔が赤くなる。これは転身による体温上昇のせいではなく、恥ずかしさからくるものに違いなかった。
「わー!!!」
ミリスはすぐさま翼を生やし、羽根を2枚美月めが
けてぶん投げた。轟々と燃える羽根は高速で飛行し、美月の目に直撃する。
「ぎゃー!!!」
「あ、ごめんなさい!!!」
目に燃える羽根が突き刺さり、美月はその場にうずくまった。その間にミリスは帰還魔法を急いで唱える。しかし、あまりの恥ずかしさに噛み噛みで、中々ちゃんと発動しない。
「もっと発動しやすい魔法にしといてよー!!!」
涙目になりながら叫んだ震えすぎている声は、近辺に容赦なくこだまするのだった。