「Sランクー!?」
「そんな、彼女がそんなことするはずがない!」
広い城内で最も格式の高い場所、玉座の間にテンスの怒声が響く。
「きっとなにかに巻き込まれただけだ! 彼女に一切の非は……」
「テンス」
「……なんでしょう、父上」
「頭を冷やせ。一週間の外出禁止を命じる」
テンスの父親……そう、この国の現国王であるファランは、冷ややかにそう告げた。
「ッ……わかり、ました」
テンスは奥歯を噛み締めて、悔しそうに応答する。そして、不貞腐れたように玉座の間を後にした。
「なっ……王の御前ですぞ! 勝手に去るとはいくら王子でも……」
「そこから先の言葉は余が決めることだ。ニエル、貴様の出る幕ではない」
「で、出過ぎた真似を、申し訳ございません! ですが、これも国を思ってのことだということを……」
「それより、お前に任せたい仕事があるんだが……」
ファランはニエルの言うことなんてお構いなしに話を進める。流石の対応に、周囲の人間は皆言葉を失った。
「……なるほど、わかりました。では、早速……」
「あと桐生も呼んでこい」
「かしこまりました」
ニエルは颯爽と玉座の間を出ていった。
「さて、どう出るか」
「全く、あの子にしてあの親ありって感じだな。そう思えば思うほど、弟君が素晴らしく思えてくるよ。やはり、なんとしてでも弟君に王になってもらわなくては。今回の件は予想外の乱入があったが、そのおかげで予想以上に上手くいってよかった。ただ、宝剣を奪われたのに処罰が軽すぎるのが少し気になるな……。もしや、王はなにかに気づいているのでは? ここはあまりことを起こさず、様子を見ることにしよう。幸い、王子の直属部隊は私の手駒のようなもの。あれなら静かに動かせる。とっとと女を捕らえて、弟君の手柄にしてしまえば王位に近づくはずだ。当然、根回しした私の待遇も良くなる……。……見ていろ、性悪王子め。私を雑に扱ったことを後悔させてやる。あーはっはっは!」
ニエルは独り言のように小さな声で呟きながら、最後には高笑いをして桐生の部屋へと走り出した。
「あー、よく寝た。ミツキは起きるの早いね」
「誰もがお前みたいにどこでも眠れると思うなよ」
美月は頭を抑えながらため息をついた。
雫の同行が決まったあと、晴祥が起きないこともあり、美月たちはその場で一夜を明かすことにした。強奪した食料でお腹を満たしたあと、布団や枕はないため、硬い木と冷たい地面の上で眠った。当然、快眠なんて出来るわけがなく、美月はまともに眠れなかった上、全身がバキバキに凝ってしまった。しかし、ほか二人は案外頑丈で、雫に至っては未だに眠っている。晴祥もまだ目を覚ましていなかった。
「お前はこないだ誰かがいると眠れないとか言ってた割に一番最初に寝たよな」
「攻撃される危険性がないってわかってたからね。信用だよ信用」
美月の皮肉な物言いに、アルは真っ直ぐ答える。こうすれば反論できないということをわかっているが故の行動だ。その目論見通り、美月は反論できずに言葉が詰まっていた。
「どうする? もう起こす?」
「そうだな。晴祥に関しては昨日からずっと気失いっぱなしだし、そろそろ起こさなきゃ不味い気がする」
「それじゃ、僕起こしてくるよ。ミツキはそっちお願い」
「お前が晴祥の方行くのかよ……」
晴祥は、起きたときに面倒事が起きないよう、少し離れた所に置いている。雫が美月達の近くにいるため、そこを考えた結果距離を空けることになった。
「さて、と」
美月が雫に近づいた瞬間、足が急に引っ張られ、美月は仰向けに倒れる。そこから流れるように、手を抑えられ、なにかデジャブを感じるような体制に運ばれた。
「……起きてるだろ。流石に」
「あ、バレちゃった?」
雫は茶目っ気と言わんばかりの笑顔で、美月の拘束を続ける。
やはりとんでもない力だ。神力があるとはいえ、美月よりは少ない。なのに、美月は拘束から抜け出せない。元のスペック、ではなく、そういったスキルでも持っているのだろうか。雫のパワーに疑問を持った美月は、抵抗を諦めて質問をする。
「なんでそんなに力が強いんだ?」
「多分私のスキル、『怪傑』のおかげだと思う。Sランクって書いてあったから、超強いんじゃない?」
「Sランクー!?」
急な大声に、雫はキョトンとした様子を見せる。美月も大きなリアクションを取ったはいいものの、叫ぶほどではなかったと自戒をした。高ランクスキルがどれだけ強いのかよくわかっていないことからくる反応だろう。美月は一応Sランクの『改式』と戦ってはいるが、脅威になったのはスキル自体ではないためそこまで強い印象を持ってないのだ。
先程の大声に、アルがこちらに走ってくるのが聞こえる。
「……早く降りてくれよ」
「えー? やだ」
「どうしたの? ミツ……キって、また襲われてるの?流石に故意としか思えないんだけど……」
「抜け出せないから驚いてたんだよ」
「なになに? 嫉妬?」
「ミツキ的にはどう答えて欲しい?」
「んなっ……どうでもいい。早く助けてくれ」
「つまんないなー」
「つまんないよ?」
「なんで俺がそんなこと言われなきゃならないんだ」
理不尽に食らった集中砲火に、美月は諦めたような声で反応する。本当に早く助けてくれとしか思ってないのだろう。
アルの後ろからどたどたと慌てたような足音が聞こえてくる。
「どうした美月……ってうわー!」
「うるさい。起きたなら静かに報告しろ」
「静かに出来るわけがないだろ! 誰だお前! 何する気だお前!」
晴祥はかつてないほど取り乱して雫に詰め寄った。雫はびっくりして晴祥の方を向く。そして、顔を見たあと、どこか気まずそうに視線をそらした。
「別に、何もしないよ」
「目をそらして言われても説得力の欠片もねえ」
「それは別の意味があるから気にしないでよ」
「てかほんとに誰だお前。美月は知ってるのか?」
本当に何も覚えてなさそうな晴祥の反応に、雫と美月は顔を見合わせる。そして、アルも含めて何かを確認するかのように頷いた。
「おい、なんだよその頷きは」
「さっきあったばっかってことを確認しただけだよ。ぶっ倒れてたから、飯と水をあげた。そしたら思いのほか強いらしいんで、暫く同行することになった」
「だからお前が抵抗してないのか」
「そう。抵抗できない」
「名前は?」
「安野雫さん。グラビアアイドルなんだってさ」
「グラビアとかよく知らねーから有名かどうかわかんねーや」
「男子高校生に認知されてないってグラビアとしてどうなんだろ。てか、君らほんとに高校生? 枯れてない?」
雫は少し引きながら、目を合わせながら更に美月に密着する。流石の美月でも超至近距離まで密着されたら目に見える反応が出てしまう。美月は紅くして、顔をそむけた。その光景に晴祥とアルが警笛を鳴らす。
「ストップストーップ。これ以上は健全な高校生には過激すぎるよ」
「やばい、またふらついてきた。頭に血が上りすぎてる」
「もうなんでもいいから早くどいてくれ……」
美月の悲痛な叫びに、雫は申し訳なさそうな顔をして美月の上からどいた。つかさず美月も立ち上がり、雫の前に移動した。もう押し倒されないように、動きが良く見える位置に移動したのだろう。ただ、雫の膂力で飛びつかれたら反応するのはまあ難しいと思うが、そこは美月の器量次第だ。
ようやく全員がそろい、落ち着いた辺りで話を切り出した。
「僕らの目的だけど、まずゴーゼスタウンに戻ることでいい?」
「そうだな。一旦休みたいし、お前らも怪我酷いだろ。あんだけ広い街なら病院の一個や二個絶対あるだろ」
「確かに、連戦で骨バキバキだよ。動くだけで軋んで痛い」
そういってアルは胸をさする。肋骨だけなんてもんじゃないが、恐らく一番ひどいのがそこ。なんやかんやで、アルは一番動いている。その分、疲労も一番多いのだろう。そしてそれに続いて晴祥も体の節々が痛んでいる。今の美月達にとっては休養が最善の選択に思えてくる。
「安野さんはどう? なんか他にやりたいこととか、やらなきゃならないこととかない?」
「ないよ~。私は同行させてもらってる側だし、助けてもらってるし、基本は君らで決めていいよ」
「じゃあ決定だな。当初の予定通り、俺達はゴーゼスタウンへ向かう!」
美月は高々と宣言をした。だが、美月はキューブが使えず、その上地図も読めないのでこんなに意気揚々と宣言しても、後からついてく他ないのであった。




