「なんか、大人だな」
「なんだこの感覚……空飛んでるみてーだ」
全身の痛みが引き、美月は目を覚ます。目を開けると、先程と同じ場所のはずなのに、全く違うものが視界に移り、突然の頭痛に襲われた。美月は自分の体とは思えない身軽さに困惑しながら、手を強く握りしめた。
『お前の体は半分神みたいなもんだからな。さっき体が耐え切れないくらいの神力使って、体の限界が引き上げられたんだ。それと同時に神力も空っぽになった。そして今それらが全て回復した。多分、今のお前は人間の範疇を超えてるぜ』
「ラクトールか……もっかい言ってくれ」
『超回復が起きたって言ってんだよ。常人の比にならんくらいのな』
「ほーん……」
『ほんとにどうしたんだお前……』
「なに、ただちょっとボーッとするだけだ。それよか、あいつはどうなったんだ?」
『俺が知るわけないだろ。お前の仲間が近くにいるんだ、そいつらに聞けよ』
「……それもそうだな」
美月は体をゆっくりと起こす。
「いっつ……」
急に鮮明になり、見えていなかったものまで見えるようになった目から入ってくる大量の情報に脳が悲鳴を上げる。
「ミツキっ! なに一人で喋ってんの?」
美月が頭を抱えていると、独り言が聞こえていたのか、アルが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「あー、独り言。それで、あいつはどうなった?」
「死んだよ。ミツキの味方の人を助けてね」
「……おー?」
「んと、ミツキの味方のおじさんがなんか腹に風穴空いててさ。僕らまだ魔法使えないし、どうしようか悩んでたら、そいつが助けたんだよ。自分の命を懸けて」
「そっか……」
美月は物憂げな表情を浮かべる。
「え? ミツキってそんな顔出来る人間だったの?」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ……。ただ、救うだなんだ言っといて、ぶん殴ることしか出来なかったから」
「あー、後悔してる感じ? あのさ、そもそも救うだなんだなんて自己満足なんだし、自分で勝手に思っとけばいいんだよ。あのおじさんは『死は罪から逃れる一つの手段、だから俺は死ねない』って言ってたし。その考え方に乗っかるわけじゃないけどさ、見方次第じゃ救われてるんだよ。それに、ちょっと気持ち悪いこと言うけどさ、大事なのは救おうとする気持ちじゃない? 最後に考え方を少しでも変えれたんだから、十分な成果を上げてると思うよ」
「……なんか、大人だな」
「経験値が違うからね」
アルは誇らしそうに胸を張って、にやりと笑った。違和感だらけの頭が、若干自然に溶けていく感覚がした。
「美月、起きたのか」
「あー、晴祥じゃん。生きてたんだ」
「当たり前だろ。俺が死ぬのはお前が死んだあとって決めてるからな」
「相変わらずキモいな」
「感動の再会でそれは酷くね?」
「そんな時間経ってるか? ……いや、経って……ない、よな?」
「どうしたお前。いつも以上にアホになってんな」
「頭が回らん……」
「疲れてるんだよ。今日だけで美月は二回も死にかけてるんだし。とりあえず、当初の目的通り街に戻ろうよ。被告人確保できたしさ」
アルの言葉に、美月はクロノとの約束を思い出す。
「あー……。全く、罪な男だ」
「そこはかとなく馬鹿にされてる気がしてならないな」
「気のせいだよ」
「気にすんなよ」
「息の合い方が絶妙にムカつく……」
そうして三人は、街への道を辿っていった。そしてその裏で、世界に干渉しようとする動きが、大きくなっていた。
「まだ出来ないのか?」
気配も何もない、生物とは思えない男が、暇そうに机を指で叩く。急かされたことの苛立ちからか、宙に浮いた画面の前で、赤髪の男はため息をつく。
「あのさぁ……これ作ったのがどんな奴か、ジジイも知ってんだろ。そう易々と突破できるようなセキュリティ組んでるわけないだろ。急かすくらいなら自分でやれや」
「そういう類のことはよくわからない。ただ、私が干渉すれば世界諸共消し飛ぶことになるだろう」
男の他人事のような態度に、赤髪の悪態はどんどん増していく。
「わかんねーなら口出すな。あんたも暇じゃないだろ? とっとと最高神の仕事に戻れよ」
「なに、そんな仕事一瞬で終わる。ここでお前がさぼらないように監視する方が重要だ」
「アンタがいると集中出来ねーの」
「そうか、ならば去ろう。……それはいつまでに終わる?」
「最大で後三日かかる。それまで入ってくんなよ」
「分かった」
男は背を向けてドアに向かう。そしてドアを開けた瞬間、赤髪の言葉に足を止めた。
「これは独り言だが! 確か、悪魔と神って、紙一重だったよな~」
「……何が言いたい」
「なんだ、まだ居たのかよ。去るって言ったならとっとと去れよ。……どういう意味かは分かってんだろ?」
赤髪の男が振り向いた時には、もうそこに姿はなかった。
男はさらにため息をつく。
「ほんっとにムカつくぜ。……勘づいてもどうしようも出来ない策ってのは」