「もう頭が追い付かねえ……」
「うおおおおおお! なんだこの状況!」
美月は大声で叫びながら走っていた。アルを抱えてドラゴンとは逆方向に。
「あれ? 案外冷静だね、ミツキ」
「今の俺がそう見えるなら眼科行った方がいいぜ。ついてってやるよ」
「この状況でそれ言うの、もはやプロポーズだね。いやー嬉しいな~、でもごめんね。僕……」
「なんでそんなに余裕あんだよお前はっ!!!」
「だって一回逃げ切ってるし~。それよりほら、後ろ来てるよ。がんばれっ、」がんばれっ」
「……あとで覚えとけよお前」
「そのあとでまで生きてられるかな~」
「ああ、お前もう自分で走れ!」
「もう? あーあ、お姫様抱っこ気分良かったのにな~……よっと」
アルはそういったのち、美月の腕の中から前方に飛び出し、今度は逆に美月の手を取り走り出した。
「速っ!」
アルの見た目からは想像できない足の速さに驚き、つい口から零れてしまう。それでもギリギリとはいえついていけてるのは、恐らく火事場力というものが発揮されているのだろう。
「さっきのスリもそうだが、ほんと何者だよお前!」
走りながら話して大分呼吸を乱す美月に対して、まったく顔色を変えないアルは、呼吸を乱さず涼しい表情で話を続ける。
「僕の身の上話は置いといて、この場を切り抜ける策あるけど……どうする?」
「どうするって……はぁっ……はぁっ……やるしかないだろ……!」
「そうだね。君の体力もそんなにもたなそうだし、やるなら今しかない。君のスキルが重要だから、聞き漏らさないように!」
今度は声ではなく頷いてかえす。返事をしてより呼吸を乱すくらいなら、こっちの方がずっといい。
美月はアルの作戦を聞き、木々が生い茂る方向へ走り出す。反対にアルはドラゴンとの距離を離した後、ドラゴンの方を振り返り、上空へ何か袋のようなものを思い切り投げた。袋の口からは粉のようなものが散乱し、空気中を漂う。
「ミツキ!」
ドラゴンが粉の下を通過しようとしたとき、アルは精一杯大きな声を出し美月に呼びかける。そして美月はそれに応え、こう叫ぶ。
「《神出鬼没な手品師》!」
すると、空中の粉は美月の通った道にあった巨木と入れ替わり、粉の代わりに空中に放り出された巨木は重力に身を任せながらドラゴンめがけて勢いよく落下した。
「グァァァ……」
落下する巨大な木々に押しつぶされ、力なく項垂れるドラゴン。アルはそんなドラゴンを見て、作戦の成功に喜びの声を上げる。
「やったー! 作戦成功ー! 今日はトカゲ肉だー!」
かすかに木々の向こうから聞こえてくるアルの声に、美月は作戦が成功したことを悟り、アルの方へ向かう。
美月は木々が粉末に入れ替わった道を歩きながらふとこの作戦について考える。今の作戦、成功したからいいものの、失敗したときのアルのリスクが高すぎるのではないか、と。
俺はドラゴンの視界から外れて木々の生い茂る場所にいたため失敗してもそのまま逃げられるが、アルはドラゴンの目の前にいるのだからそうはいかない。十中八九仕留められなかったら命を落としていただろう。それにこの作戦の成否はさっき会ったばかりの俺が握っている。この作戦に絶対の自信があったのか、はたまた俺を助けるためにこの作戦にしたのか……
「……流石に自意識過剰だな……っと、ほんとに食らってるぜ………」
美月は一旦それについて考えるのをやめ、巨木の下敷きになっているドラゴンに目を向ける。そしてそのすぐ近くでキラッキラした目でドラゴンを見つめるアルに声をかけた。
「なにやってんだ?」
「あ、ミツキ! 今日、というか向こう一週間は食べ物に困らないよ!」
「食べ物に困らないって……まさかそれ食う気じゃ……」
「ミツキ知らないの? 爬虫類って結構おいしいんだよ?」
「もう頭が追い付かねえ……」
美月はアルのキラキラした視線に、頭を抱えてそう呟くのだった。