「これ以上強いやつはいないんじゃないかって思わせるほどの圧倒的な力」
「ねえミリス。さっきの人に美月さんのこと教えてよかったの? 友達とは言ってたけど、挙動が明らかに不審だった。」
「気にしすぎっすよ。あの人、嘘は言ってなかったっすから。ネイビスは気にしすぎっす。最近事件があったからって、なんでもかんでも疑うのは良くないことっすよ」
「でも……冒険者の安全を守るためのギルドでしょ?」
「私の目が間違いだったことあったっすか?」
「ないわね。あ~、私にもそんな力が欲しいな~」
「じゃあ一緒に鍛えるっす。ネイビスは最近運動不足気味っすから、この辺りで運動しないと太るっすよ」
「……鍛えるって、どうするのよ」
「まずはランニングっすかね。近くに森があることですし、軽く10km程走るっす。それから……」
「遠慮しとくわ」
「諦めるのが早すぎるっす……。運動不足もそうっすけど、ネイビスは最近たるみすぎっす。この前だって……」
「はい! 私休憩時間終わったから出てくるね!」
「なら仕方ないっす。仕事が終わってから続きっすね」
「……はーい」
ネイビスは肩を落として休憩室を出た。ミリスはゆっくりとコーヒーを注ぐ。
「大丈夫っすよネイビス。あの人の気持ちは、嘘じゃなかったっすから。……あつっ! あ、こぼしちゃった……」
「あんなあぶねえ奴と美月が戦ってるだとぉ!」
「んもー、いちいちうるさいな。決まらないじゃん
「いやいや、怒る気持ちわかってあげたほうがいいよ? 多分美月、死んじゃうし」
「そんな強いの? あのロン毛」
「ロン毛って……。まあ、強いよ。レベル3だから身体能力は私と同じくらいなんだけど、強さの格が違うっていうか、なんというか。私じゃ勝てないことは確実かな」
「おい、なんで美月が負ける前提で話してんだよ。俺は美月が怪我をすることを案じてるんだ。負けることなんて危惧してねえ。断じてな」
「言うこと言うけど、君の立ち位置はどこなのさ」
「藍沢美月の大親友だよ」
「それじゃ、続き、始めよっか」
突っ込んでくる千春に対し、晴祥は黒い爪で迎撃する。先程腕に刺さった攻撃のため、千春は避けざるを得なかった。千春が減速する瞬間を狙って、アルは攻撃を仕掛ける。そして、それもよけようとした千春は大きく体制を崩す。
「このっ!」
体制を崩した状態でも、畳みかけるような連撃を紙一重で避け続ける。攻撃を繰り返すうちに千春は体制を立て直し、地面を思い切り蹴って距離を取る。
「危なかった~」
「おい、なに逃してんだ。一発くらい当てろよ」
「全部避けられたのは紛れもない事実だけど、多分当たってもダメージそんなにないと思うよ。これは、無傷で生還できたことを喜んだほうがよさそうだ」
「息ぴったりな連携じゃん」
「僕が合わせてるだけだよ。君の方はこういうことしないの?」
「私らの場合、合わせるとかの前に裕也が全部殺しちゃうから」
「普通に疑問なんだけど、なんで二人は手を組んでるの?」
「そりゃあ安全に元の世界に帰りたいから。こんな世界にいてもなんも意味ないけど、元の世界にはたくさんの楽しいことや可愛いものが待ってるんだもの」
「どうしよう、僕あの子と友達になれそうだ。裏切っていいかな?」
「好きにしろよ」
晴祥はアルのペースについていけず、対応が投げやりになる。アルはそんな晴祥を横目で見ながら、手を後ろに回してかかとを数回、一定の感覚で鳴らす。
「冗談は置いといて、確かに二人になると生存率とか上がるけど、なんであれなの?」
「強いから。これ以上強いやつはいないんじゃないかって思わせるほどの圧倒的な力が裕也にはある。それと、暁の知らせって奴に復讐することしか考えてないから殺されない」
「おい待て、俺は出合い頭に攻撃されたぞ」
「今の私はレベル3だし、裕也に会ったときもレベル2だったから使えると思われてるの。君が攻撃されたのは多分、使えなさそうだったからじゃない?」
「慧眼だね」
異議を唱えた晴祥だったが、二人にボコボコに罵倒される。どこかで見たような光景だが、まるで味方とは思えない対応である。そしてなお、かかとを一定の感覚で鳴らし続ける。
「ネムちゃんから聞いた話だと、レベル上げ超苦労するっぽいんだけど、どうやってそんな早く上げたの? ドラゴンでも倒した?」
「私、二日目にゴブリンっぽいやつに襲われてさ、それも15匹くらいの軍団に。そのとき、スキルで作ったコンクリ‐ブロックで頭潰して全滅させたらなんか上がったの。これがドラゴンだったらもっとレベル上がってるよ」
美月はドラゴン倒して1上がったのに、かわいそうだな。アルが心の中で美月に同情していると、千春が何かを見破ったかのようにしたり顔を見せる。
「時間稼ぎ、そろそろいい?」
「……わーお」
アルは出来るだけわざとらしさを感じさせないよう、抑揚をつけて驚く。
「流石に私のこと舐め過ぎだって。頭の悪い女でも、そんな露骨に合図出されたらわかっちゃうんだから」
千春は両手にアサルトライフルを構える。
「さあて、もう一人は、どこに行ったのかな!」
引き金を引こうとした瞬間、アルは照準にとられているにも関わらず、千春に対して真正面から走り出した。それでも変わらず引き金は引かれる……と思われたが、アルが走り出したと同時に千春の死角から爪が伸び、千春の手の甲に突き刺さった。
「なっ……!」
「ダメだよ。銃は両手で持たなきゃ。片手だとこうやってすぐ落としちゃうからね」
「……!!」
千春は手の痛みで思わず銃を落としてしまう。そしてそれを狙いすましていたかのように、走り出していたアルはライフルを両手でつかむ。千春も負けじと片手で狙い直すが、アルはすでに視界から消えていた。
「気づいてくれてありがとう」
パァン、と一発。凶弾が放たれた。