「逃げる」
「あんたら、手組んでたの?」
「あ? なんの話だよ。てか話しかけんな。俺は楽出来そうな方を選んだだけだ」
「舐められてるのね」
「前言撤回。お前喋んな」
「なんで? もっとおしゃべりしようよ。私は松永千春。あんたは?」
「今イラついてんだわ。そんな暇はねえ」
「つれないな。じゃあ、すぐに終わらしてあげる!」
千春は両手にアサルトライフルを構え一気に引き金を引く。素人が両手に持って撃ったりしたら反動で一発も当たらないだろうが、この世界に来て身体能力が向上したことや至近距離であることもあり、大量の弾丸が晴祥に叩きこまれた。
「さて、どうするか」
「ひゃ~、全部左手で受け止めたの? おっそろし!」
「あ、今の隙に逃げときゃよかった。なんかどんどん美月から離れてる気がする……」
「いや逃げないでよ。今逃げたらその美月?って人を徹底的に……」
千春がその言葉を口に出した瞬間、晴祥は千春の髪を掴み容赦なく腹に左手を撃ち込んだ。
「がはっ……けほっ……きゅぅ……げほっ……!」
「徹底的に、どうするって?」
「かあっ……」
「お前、ほんとに喋んねー方がいいぜ。大人しく大好きな鉄砲でも……」
晴祥は何かを察知して千春をぶん投げる。千春は腹部をさすりながら立ち上がり、不服そうな顔をした。
「演技かよ」
「バレちゃった。いい感じだと思ったけど、流石に大袈裟すぎたか~。あ、そうそう。徹底的に、のあとなんだけど~、何してほしいかな? スタンダードに殺しちゃう? それとも拷問にチャレンジとか? いや、心身ともに癒えない傷を負わせるのも……」
「ったく。わかったよ、相手してやる」
「あー、確かに私逃げないでって言ったけどそういうことじゃなくて……」
晴祥は左手を千春にかざす。すると、黒い触手のようなものが出現し、千春に襲い掛かったが一発も当たることはないどころか全て折られてしまった。予想以上の動きをする千春に晴祥は認識を改める。こいつはここで殺さないとダメだと。
「私とアンタじゃレベルが違い過ぎて、勝負にならないと思うよ?」
「安心しろ。もう勝負する気なんて微塵もねえよ」
「じゃあ逃げるの?」
「違ぇな。俺がやんのは……殺しだ」
左手を強く握ると左手全体が黒に染まっり、晴祥の姿が消える。千春は不服そうな顔をして両手にライフルを構えて手当たり次第に乱射した。
「やっぱ逃げるんじゃん……」
「逃げるなぁ! 大頭ォ!」
「逃げるに決まってるだろ。俺は平和主義なんだよ。おっと、学習しろよ。俺にそれは通じないぜ」
「クソがっ!」
先程構えを取ったかのように思われた姫璃は、すぐさま裕也から距離を取っては振り返って様子を見るを繰り返した。裕也の攻撃は姫璃に届く前に飛散し、拮抗した状態が続く。実のところは何故自分の攻撃が届かないのかが見破れず、どんどん感情的になっていく裕也の方が精神的に不利だった。
「お前、親が教徒だったのね。そんで色々あって死んじゃったと。お前にゃ悪いけど、もう『暁の知らせ』は潰れてる。正確には俺が潰したんだけど」
「……だから何だ。元凶のお前が生きている以上、俺の復讐は続く」
「元凶って言われてもな。俺はただの2世で甘い汁すすってただけにすぎないし」
「お前が教祖になってから信者数が格段に増えている。小さな集落だけの宗教が俺の親を洗脳するほどにな」
「……俺の名前とか絶対流出してないはずなんだけど。よくそこまで調べたな。ちゃんと学校行ってんのか?」
「お前には関係ないだろ」
「お前復讐終わったらどうするつもりなんだよ。まだまだ先長いのに俺に人生渡しちゃっていいのか?」
「最初からお前に壊された人生だ。家族諸共な」
「こりゃ、筋金入りだな……」
マイペースに会話を繰り出す姫璃だが、内心少しづつ焦り始めていた。話術によってどうにか戦闘しない方向へ持っていこうとしたが、裕也の意志は硬く和平への道筋が全く見えない。そして揺さぶりの意図もあるこの会話のせいで、感情的だった裕也がどんどん冷静さを取り戻してきていることも一つの問題だった。現在姫璃には裕也のスキルを打ち破る術がなく、冷静さを取り戻されそのことに気づかれたら状況は一転して大ピンチになる。姫璃のスキル『先人に右ならえ』は相手に自分と同じ行動をとらせるスキル。これでは隙を作れても決定打を与えることは永久に不可能だろう。姫璃は事態を重く受け止め足を止めた。
「くっそ、晴祥君がいてくれたらな」
「時間稼ぎは終わりか?」
「そのつもりだったけど、気が変わった。時間稼ぎはこれからにする」
両足で大地を強く踏みしめ、両手の力を抜く。そして、瞳はこれ以上ないほど真剣に裕也を睨みつける。まるで怒りを帯びているかのように。雰囲気の変わった姫璃に裕也は最大限の警戒をする。
「……何をするつもりだ」
「お前が俺を許せないように、俺にも許せない理由が出来た。ここなら彼が通るはず。いや、通らなくても気づかせることは出来る。俺はただ、待つだけだ」
待ってるぜ、美月君。




