「勘違いするな」
『おい、起きてるかー。いやーこれまた手酷くやられたな。……この怪我で返事しろってのも無理な話か』
美月の中の何かは、焦る様子を見せずに美月に話しかける。意識のない美月は当然反応できない。喉も肺も喰い破られているため、声を出すことすらできない。その様子を見た美月の中の何かは、ため息をついた後少し間を空けて呟く。
『……今、あのガキがなんとか堪えてるって状態だ。ここで取るべき選択肢は本来なら逃げが正解。あとに残るようなダメージを負う戦闘は基本的に避けるべきだからな。それも多分、あのガキならわかってる』
「……」
『俺がいるってことはまだ生きてる証拠だ。……力、貸してやるよ』
美月の体がびくんと跳ね上がる。肺、喉、口から一斉に血が噴き出し、美月の意識は復活する。妙に軽い体と、地に足をつけているのに浮いてるような感覚に違和感を覚えながらも、美月は静かに呼吸をする。ヒュー、と空気が喉の穴から、肺の穴から抜けているはずなのに、酸素は脳まで届きだす。アルと晴祥は動きを止める。二人には全身の筋肉が駆動を辞めたかのような脱力した姿勢で佇む美月を無視することなんてできなかった。
「んー、どんな反応すりゃいいのか……。よく生きてるね、ミツキ」
「……なんで?」
「とっとと、忘れてた。アンタもまだ生きてるんだったか。そんなに隙さらして……」
「なんでなんでなんでなんでなんでなんで!なんっで、いきてんだよー!!!」
「うわ……」
新は発狂して美月に殴り掛かる。なんでお前は生きているんだと、今までより最も早いスピードで。そしてそのスピードが止まっているかのように感じられる速度で、新の脳に過去の出来事が浮かび上がる。それは、たった三日前の出来事で、新を変えた一夜だった。
三日前、新は人型の化け物から逃げ、偶然たどり着いた小さな集落で夜を越そうとしていた。新がぐっすり眠っていると、自分をこの村に入れてくれた女性に大きな声をかけられた。
「起きて! 起きて下さい! 今すぐ逃げないと! ……っああ! もうすぐそこまで……」
「え、えっと、何かあったんですか?」
「ゴブリンが、ゴブリンの群れがここを襲ってるんです! こんなこと今までなかったのに……どうして……」
女性のその言葉を聞いた後、新はすぐに家から飛び出た。そして、この村を襲っているゴブリンを見て絶望した。ゴブリンの姿は、この世界に来てすぐ襲われた怪物と全く同じだったのだ。これは別に新のせいじゃない。たまたまゴブリンがこの村を襲う計画を立てていた時にこの世界に来てしまったのだ。それでも新は自分を責めずにいられなかった。目の前で起こっている虐殺が、凌辱が、強奪が自分のせいとしか思えなかったのだ。
「え……」
新は絶望した。ここに来る前に人型の怪物に襲われたことを言わなかったせいで、こんないい人たちが酷い目にあっている。言っても結果は変わらなかったから僕は悪くないと言い訳する自分がどうしようもなく許せなかった。弱気な自分を封じ込めて、今からでも助けられる人はいると新は覚悟してスキルを発動する。新から出てきた黒い球体はゴブリンを仕留めることに成功した。
「な、んで……」
村人を巻き添えにしてだが。
「ち、違う。僕はただ、助けようとして……」
自分の攻撃で次々に村人が息を引き取っていく。助けようとしたのに、殺してしまった。
『お前のせいだ』
新は村人からそう言われているように思えた。
「違う、僕は……」
『助けるなんて考えてない』
「違う、違う違う違う!」
『私達を殺してまで生きたかっただけ』
「ああああああああああああああ!!」
そこからの記憶はぼんやりしていて覚えていない。ゴブリンも村人も関係なく新は全てを食べ尽くした。村人はやさしい味がして、食べていると許されていると錯覚出来た。それが例えスキル『暴食者』による暴食と悪食を促進させる効果だったとしても、新はなにかを食べているときだけ苦しみを忘れることが出来たのだ。
彼は何故今この記憶を思い出したのか、自分自身に困惑していた。コンマ一秒にも満たない時間で何故この記憶が思いだされたのか、走馬灯というなら短い思い出ばかりで全く実感がわかなかった。
そして新の右腕は美月の穴だらけの体に振り下ろされる。
「ああ、悲鳴? ちっちゃい人間が人を殺してる……。あれ、なんだこの腕」
「え……」
新の右腕は、新よりずっと後ろにいる、さっきまで目の前にいた美月の左手に掴まれていた。自分とは違う美月に新は今までにない動揺を見せる。それは、アルにとって十分攻められる明確な隙だった。美月の状態からしていつ戦闘不能になるかわからない。この隙を逃したらもう殺すチャンスはこないとアルは判断し、すぐさま行動に出る。
アルの一撃は新がただの人間であることをと思い出させた。ナイフは胸を貫き、新の口から血があふれ出す。そして、ナイフが新の体から抜かれると同時に、新の体は前のめりに倒れこんだ。
「あそこで大人しく死んどけばよかったな。なにも出来ないんだから、なにか出来るなんて思わずに、殺されてれば、良かった……」
新は涙を零しながら静かに息を引き取った。美月は距離をとったアルを睨みつける。
「ぐうっ……」
「おいガキ。俺がいることに気づいてたのに、なんであそこで手を出した?」
美月はアルの胸ぐらを掴み上げる。息が吸えないような圧迫感がこの場所全体を包む。植物ですらこの場にいることを忌諱して枝を美月と逆方向に伸ばし始めた。
「言ったでしょ。アンタは嫌いだって」
「そんな理由で横槍さしていいわけないだろ。それに、俺が出ずともこいつは勝った。……仲間ってのは信頼してこそだろ?」
「僕は安全をとっただけ。あんなの……火事場の馬鹿力なんてレベルじゃない。あそこで仕留めてなければ、先に美月の体が壊れてた」
「ならいい」
そう言って美月は手をパッと離す。
「……急になんだよ……」
「なに、自分勝手に邪魔したわけじゃないなら俺がキレるのは筋違い。ただ、あまり勘違いはするな」
「……どういうことだよ」
「そのまんまの意味だ。自分より格上の存在にも食い下がる気概は認めるが、それはお前の生存戦略からかけ離れてる」
「うるさいな」
「わかったよ黙る黙る。それじゃあ俺は回復に専念する」
「二度と出てくるな」
「それは保証しかねるな」
そう言うと美月はパタンと倒れた。出血はもう止まっていて、既に傷口が塞がり始めていた。
「神だからって、デタラメすぎでしょ」
アルは新の心臓を掴みながらそう呟くのだった。




