「完璧やったと思ったのに」
後方から何かが投げられ、ひゅん、と風を切る音が聞こえてくる。新はすぐさま後方へ振り向き、大きく口を開けた。
ばくんっ
何が飛んできたのか、それを視認する前に投げられたであろう物は新の目前から消え失せていた。
「……だれ?」
新はある一か所を凝視するがなにも反応はない。知らない何者かが近づいてきている、攻撃してくる。これは人間の本能的に恐怖を覚えることだろう。しかし、新は微笑んだ。人間としての本能を、『捕食者』としての本能が上回ったのか、新は恐怖どころか、全く逆の感情が湧き出していた。
「ふーん……。……動かないんだ」
新は、両足で大地をしっかりと踏みしめる。すると、新の体から、無数の黒い球体が顔を出す。
「それじゃ、いただきます」
その言葉と共に、黒い球体は新の見つめる一点めがけて襲い掛かった。口を開いた球体が何かにぶつかると、球体に喰われるかのように、口と同じ大きさだけ消し飛んだ。暫くすると、新が見つめていた場所にあった木々は根元を喰われて力なく倒壊した。
「ああ……これ、見えないじゃん」
新は落ち込んだように声を出す。気配も薄くなり、獲物の目星もつかなくなったので、新は目を瞑り、音を頼りに索敵を始めた。
少し遡って、美月達が新を発見した時。前方にふらつきながら歩く新を見て、アルは木の陰に隠れて美月に制止をかけた。
「ちょっと待って。……誰かいる」
「ん?どこぐっ……」
美月が木陰から身を乗り出して覗こうとすると、アルは襟の部分を引っ張って阻止する。
「なんだよ」
「ここから出ないで。バレちゃうでしょ?」
「結局近づくんだからバレるだろ」
「だからこうするんだ」
そう言ってアルは呼吸を鎮める。身体から発せられる音全てが近くにいるのに聞こえなくなり、目の前にいるはずなのに意識しなければいると気付けないほど、気配が断たれていた。美月は思わず感嘆の声をもらす。
「……すっげ」
アルは気配を断ったままナイフを投げた。新まで目測30m。ここからナイフを投げても致命傷になる確率は低い。そしてナイフを投げるときに発せられる一瞬の殺気で気づかれる可能性もある。では何故投げたのか。それは、このナイフの目的が相手の能力を判断することだからだ。このナイフが直撃したら、そのままもう一投放ると共に距離を詰めるという攻め方が、受け止める、もしくは躱すなどをしたら一度距離をとって隙が出来るまで粘る。スキルを使って回避したら、そのスキルに対しての仮説が立てられ、そこから優位になる攻め方を組み立てることが出来る。それに、ナイフを投げた際の微小殺気で自分の居場所がバレる程の相手だったら2つ目と同じように距離をとるので、リスクがスキルを使われて回避された挙句、相手のスキルが何も仮説を立てることのできない場合くらいしか発生しない。ローリスクハイリターンの行動というわけだ。
新めがけて投げられたナイフは、スキルによって消し飛んだ。この時点で、アルは美月を置いて、気配を断ちながら新に近づく。気配の消し方なんぞ1㎜もわからない美月を残すことで、動いている自分を悟らせない。ミスディレクションの応用である。その後に飛んできた新からのスキルによる攻撃を美月は距離をとって回避する。こちら側からも土煙が立っていて、美月は新を視認することが出来なかったが、攻撃してくる敵がいることを土煙の先にいることが確認できたため、足元の石を拾いマークをつけてから土煙の先へ飛び出した。
「きた♪」
新は突っ込んでくる美月に見向きもせず、後ろを振り向く。新が振り向いた先には、新の首をナイフで突き刺そうとしているアルの姿があった。
「ちっ……」
新に見つかったアルはすぐさまナイフを投げつけ直撃させるが、新は気にせず口を開いてアルに襲い掛かる。アルは顔めがけて膝を入れるが、それも防がれ、苦し紛れに体を蹴り飛ばして距離を取る。
「あれにも反応してくるってさぁ……完璧やったと思ったのに」
「まだだよ」
「ああ、まだ行かせねえよ」
美月は先程の蹴りを苦とせずアルに突っ込む新の腕を掴み、顔面に思い切り拳をぶち込んだ。意識外からの不意打ちに新の体も思い切り吹き飛び、鮮血が空中を彩った。
「……は?」
「えほっ、ごほっ……ふふ、おいしーなー」
新は口の中の血をぺっと吐き出す。美月はあったはずの右腕に視線を向けるも、そこには地面が映るだけだった。