「うわっ、顔怖っ!」
「ここに転移者がいるって聞いたけどさ……」
美月は見渡す限り木しかない森の中でため息をつきながら呟いた。
「この広さ、それにこの景色。どうやって探すんだよ」
「目星はついてるよ。ネイビスの話じゃ、勇者はドラゴンを倒しにこの森に来るらしいからね」
ドラゴン。その言葉で、美月は一日目の苦行を思い出す。そして、その苦行の末出来上がったものを一瞬で無駄になったことも同時に思いだされ思わず顔を歪ませる。
「……イヤなこと思いだした」
「うわっ、顔怖っ!」
「……そこに行くのはいいが、お前場所覚えてんのか?」
「ううん。でもさ、あの時美月って神出鬼没な奇術師で木にマーキングしたじゃん? あれ別に一回使ったら消えるとか書いてなかったし、まだ使えると思うんだよね。あれから新しくマーキングしたのなんて数本の剣だけだしまだ個数上限があったとしても一個くらいは残ってるはず」
「うーん、感覚的にその辺わからないのがつらいな。発動したときは毎回近距離かマーキングした直後だったし、離れてて一日二日たってる今じゃ使えないと思うけどな」
「物は試しだよ。やってみよう」
アルはそういって美月の手を両手でぎゅっと握る。
「……何してんだ?」
美月は振りほどこうと手をブンブン振るうが、アルの握力にその抵抗は無意味だった。
「なんの意味もなく握ってるわけじゃないよ。前見てて思ったんだけど、美月が神出鬼没な奇術師を発動して移動したとき、手に持ってた剣ごと移動してたでしょ? あれ見て美月が触れてるものなら一緒に移動できるんじゃないかなって思ったんだ」
「そういうことなら先に言ってから行動に移せ」
「照れちゃうから?」
「俺にそういう趣味はない」
美月はアルから視線をずらし、呆れた声で言葉を返す。
「今の時代はジェンダーフリー。性別なんて関係ないよ」
「そもそもタイプじゃねえって言ってんだよ」
「僕もそう思ってる」
「……じゃあ変なこと言うなよ」
「勘違いしちゃうから?」
「だから違う!」
「ごめんごめん、反応が面白くてつい」
屈託のない笑顔で笑うアルに不覚でもなんでもなく美月は可愛く思った。別にタイプじゃないだけで可愛いことには変わりない。ただ、男であることを知っている。それが美月が今精神をそれほど乱されていない理由であった。
先程の茶番から一拍開けて、美月は目をつぶってマーキングした木を探し始める。瞼の裏にいくつか光が浮かび上がり、そのうちの一つに美月が以前マーキングしたであろう木が見つかった。
「……あった」
「準備オッケーだよ」
「しっかり捕まってろよ。……神出鬼没な奇術師!」
そう呟いた後、美月はゆっくりと目を開ける。周りには先程と変わらず木ばかり。特に音とか出るようなスキルではないため、成功したかは景色でしか判断できないのだが、ここは森。多少の変化はあるだろうが、一般人からしたらどこも同じように見えるのだ。
「……失敗?」
「ううん、成功だよ。ここはさっきの場所とはまぎれもなく別の場所だ」
一般人は区別できない。そう「一般人」は。元傭兵兼暗殺者のアルは当然のことながら一般人ではない。そして森を使った奇襲作戦などを経験しているため、場所の変化には敏感なのだ。だが、いくら成功したと言われようが、美月自身が区別できる証拠がないとどうしても懐疑的になってしまう。そこでアルは地面のある跡に指をさした。
「さっき、あれなかったし」
アルの指さした地面には、とてつもない広範囲をえぐり取られたかのような跡が存在していた。
「成功、なのはいいけど……これを出来る奴がいるってことかよ……」
美月は地面の跡を前にとてつもない不安と、謎の高揚感を感じた。アルは跡を作った人物のことなど考えずに、自分の仮説があっていたことに多大な安心感を得た。
「……思い切って、これ辿ってみようよ」
アルのその提案は、どう考えても無意味なものだった。この先に何かがいるとしたら、これだけの跡を作る攻撃を耐えるものが存在するということになるからだ。
「いいぜ」
しかし、美月は即答した。恐らく二人はなにかしら確信を得たのだろう。この先に何かがいることについて。これは神からのお告げなのか、はたまた悪魔の囁きなのか。美月たちはこのすぐあと、答えを知ることになる。