「そっちとは」
「転移者の方、ですか。それなら先日ガウス王国の方から勇者がゴーゼスの森に向かったって連絡が来ましたね」
競技場での悶着の後、アルたちは当初の目的を果たすため、受付嬢に話を聞いていた。アルは意外とあっさり情報が手に入ったことに驚かず、冷静に話を聞く。
「ゴーゼスの森って、近くの森のこと?」
「そうですね。王国からの距離的に、今頃にはもうついているのではないでしょうか」
「なるほど……」
「つまり、どういうことだ?」
「次の行き先は、この間の森ってことだよ」
言語が翻訳されず理解できない美月に、適宜通訳するアル。聞こえてくる言葉が翻訳されるシステムのようで、美月の言葉は他の人は理解できても他の人の言葉を美月は理解できないようだ。……コミュニケーションがとても面倒である。
「さ、いこっか。マットたちが帰ってくるまでに終わらせるよ」
「めっちゃ気合入ってんな」
「当然じゃん。ここには僕の求める娯楽がないからね。そのために休暇を三年も取ったんだ」
アルはいつになく真剣な表情で話す。美月は元々よくわからないアルのことがもっとわからなくなった。
舞台は変わってある場所の畳が敷き詰められた六畳間。その部屋の真ん中で、自分の身長程ある大太刀を携えたが正座している。まるでそこの空間だけ時間の進みが遅く感じられるような雰囲気が漂っていた。
そんな空気をものともせず、男の背後にある引き戸が勢いよく開かれる。それと同時に抜刀された大太刀が入ってきた者の首を落とす勢いで振るわれた。
「……これさ、何回やるの?」
「計画が終わるまで俺の所に来るたび毎回だな。それで、首尾は?」
男は何事もなかったかのように十全に煌めく刀身を鞘にしまい込む。白髪の少女はため息交じりに言葉を返した。
「上々といえば上々だけど……君のせいで力が目覚める前に神格が出てきちゃってるのが不安かな?」
「ああ、そんなこともあったな。それより大分削れているみたいだが、もう儀式はしたのか?」
「当たり前だろう?そのせいで神力持ってかれてるんだから」
少女は疲れていることをアピールするかのように、肩のあたりを首でトントンと叩く。
神力とは、その名の通り神の力の源のことを指し、神力の量が多ければ多いほど神格、実力の高い神となる。使用した神力は空間を循環し、神はその神力を吸収して蓄積する。神力の濃いところならさらに回復は顕著となる。
「かわいそうに」
「この状態でも君くらいなら簡単に消せるけど?」
「力の回復に専念したほうがいいんじゃないか?」
「神力なんて天界にいれば勝手に回復するんだから、君がすべきことは僕の心配より謝ることだよ」
「ごめんなさい」
「許す。それで、そっちはどう?」
「……そっち、とは、悪魔の話か?」
瞬間、空気がひりつく。二方は先程までの茶番とは打って変わった真剣な表情で話を続ける。
「そう、その話。なにか動きはあったの?」
「動きは、あったな。力のない悪魔たちだが、着実にこの世界に侵攻してきている。ここが一番向こう側に近いのも関係しているのだろうが、今までに類を見ないほど活発になっている」
「こっちはまだ誰が手先なのかわかってないよ。神側の動きは?」
「まだ気づかれてない」
「わかった。それじゃあなにかあったら報告しにくるよ」
「もう帰るのか?」
「なに?寂しいの?」
「なわけないだろう。その自意識過剰なところ、あいつに指摘されたのに直ってないな」
「……なんで僕より弱いやつの言いう通りにしなきゃならないのさ」
少女は真剣さとはまた違う、なにか深い闇が隠れているような表情でその場を後にした。
「……このままじゃ、お前は辛いままだぞ。」
その言葉は小さなこの部屋にすら木霊することなく空間に吸い込まれていった。