「舐められるのは嫌いなんだ」
「おい! 早くしろ!」
美月達が競技場へついたとき、既に木の剣を持った男が柵の向こうでスタンバっていた。当然美月は男がなんて言ってるのかは理解できなかったが、なぜか無性に腹が立っていた。
美月は何本もある木の剣を一気に抱えて柵の中に放り投げる。投げられた木の剣は男の前方に上手い具合に散らばり、アルはその様子を見てほくそ笑んだ。
「うわっ! ……なにすんだ!危ねえだろ!」
男がどれだけ怒鳴ろうと、美月の耳に届いても脳には届かない。美月は男の声を無視して(というかわからないので無視せざるを得ない)柵の中に入っていった。
「どういうつもりっすかね? 美月さん」
「そんなの、全部使うに決まってるでしょ」
「そんなこと考えなくてもわかるっす。どう使うかがわからないんすよ。とっかえひっかえにして使うんならあんな風にばらまかないだろうし、かといってこけ脅しには思えない……っす」
柵の中では男と美月が対峙していた。美月は一応180センチを超えているのだが、男の方はさらに10センチ程大きいように感じられる。男は美月に近づき、嘲笑するかのような笑顔で見下す。
「はっ! 女の前でカッコつけたいんだろうが、どう小細工をたてようが俺には勝てねぇ。そんなパフォーマンスをしたところで勝敗が変わるわけじゃねえからな。可哀想だが、もう降参はなしだぜ」
男の声に呼応して外野から野次が飛ぶ。
「やってやれー! マット!」
「Dランクの実力を見せてやれ!」
「くふっ………」
あまりにテンプレ過ぎる煽りと野次に、アルは堪えきれなくなって吹き出してしまう。美月が敗北する不安なんかとっくになくなっているようだ。
「おい、お前。何言ってるかわかんねーが、俺、舐められるのは嫌いなんだよ」
そういって美月は中指を立てる。美月の言葉も同じように相手に伝わってないが、中指を立てることの意味はどうやらどの世界でも共通らしい。
「クソガキが……」
マットは低く唸る。今にも飛びかかりそうな構えをとり、憤慨して鬼のように見える形相で美月を睨みつけた。
「それじゃあ、模擬試合、スタートっす」
そういってミリスはボタンを押し、ピー!という音と同時に二人は動き出した。
「おらぁ!」
マットは力の限り剣を美月めがけてふり下ろす。風を切る音と共にズバァン!という音が響き、競技場の床に敷き詰められている砂が宙を舞う。しかし、砂が舞うということは美月に当たっていないということ。マットはすぐさま剣で砂煙を払い、美月の位置を補足しようとする。が、払った先には柵と散らばった剣が落ちているだけで肝心な美月の姿はどこにもない。
「くそっ!」
前にいないなら後ろにいる。そう考えたマットはすぐさま振り向くが、今度も目の前に姿はなく、代わりに背後から声が聞こえた。
「悪いが、手加減出来ねぇぞ……」
マットが後ろを向いた瞬間、美月の剣が側頭部にクリーンヒットする。ゴギィッ!という鈍い音と共にマットは右方向に吹き飛んだ。
「こ、こんなのインチキだ!」
マットの意識を確認する前に、野次の一人が声を上げる。美月の移動は外からだとよく見えていたようだ。音もたてずに点と点を移動する、これは確かにインチキに見えてもしょうがない。
一人が声を上げたあと、残りの二人も後に続く。
「そ、そうだ! これはなしだ!」
「正々堂々と勝負しろ!」
美月は野次に何も反応を見せない。当然だ、言葉がわからないのである。代わりに言葉がわかるアルが不服そうに声を上げた。
「あのさぁ……恥ずかしくないの? 君たち。別に恥ずかしくないならいいよ、今度は3対1でもやる?さっきの技は無しで」
アルの驚きの提案にマットの取り巻きだけでなく美月まで振り向いた。
流石に無理、という表情をする美月を無視してアルはどんどん相手を煽る。
「ほら、やるんだったら早くしてよ。あ、3対1で負けちっゃたらほんとにあとがなくなるもんね。その気持ちはわかるけど、今あとなんて気にしてる余裕あるの?」
アルの言葉は取り巻き達に効いたらしく、少しはやりながら柵の中に入り、木の剣を拾う。
「……嘘だろ〜?」
美月は一縷の希望をかけてアルの方を振り向く。
「がんばれ〜」
「……マジかよ」
美月は覚悟を決めて剣を構えるのだった。