「もう一回」
「……なんつーか、神にも色々あるんだな」
美月は真っ白な空間に座りながら、ネムの話の感想を述べた。
「正直よく理解してないだろう?」
「その通りだな。どう考えても俺の身の丈に合わない話だし、それくらいしか感想うかんでこねーよ」
「まあ君はこの企画にそって動けばいいから難しく考える必要はないよ」
「それで、もう話し終わったんだろ?とっとと起こしてくれよ」
「まだだよ。終わってないことが一つある」
「じゃあそれとっととすましてくれ。これ以上ここに居たら寝た気分になれない」
「わかった。それじゃあいくよ?」
その言葉のすぐ後、ネムが口に力を入れ、美月の唇を奪った。
「!?」
先程と同じようにに振りほどこうとするが、前からがっちり掴まれているため抵抗できない。閉じようと口に力を入れるも無理やりこじ開けられ、生暖かい液体が流れこんでくる。口の中は瞬く間にほのかに鉄の香りで満たされる。……血液だ。血液は絶え間なく注がれ、喉は半強制的に動かされる。ねっとりとした血液が喉を伝い全身に駆け巡っていく。唇には柔らかく暖かな感触が甘く広がる。今すぐ逃げ出したいほどに不快な感覚と、しばらく感じていたい甘い感触がせめぎあい、頭がどんどん真っ白になっていく。全身の力が少しずつ抜けていき、しりもちをつくような形で後ろにゆっくりと倒れこむが、ネムは馬乗りになり美月を離さない。呼吸のことを考える余裕もないほど、脳みそをいくつもの感情が飛び交っていた。
「ぷはっ……。はいおしまい」
ディープキスが終わり、ようやくネムは美月を離す。美月はまだ体に力が入らず、先程と変わらない体制でネムを睨みつけた。
「……ッ!いきなり何すんだお前!」
「さっき言っただろう?君は力を持つ必要があるって」
「だからってこんな方法……」
ずいっ、とネムは美月に顔を近づける。
「もう一回、してほしいのかい?」
「……ッ」
「ふふ、冗談だよ」
小気味よく笑うネムに美月は圧倒的な敗北感を抱く。抵抗すら許されず、ただ力づくに唇を奪われる。それも自分より小柄な人物に。これは、美月の自尊心を大きく傷つけることになった。
「それじゃあ本当におしまいだ。3、2、1で君を覚醒させる。力の使い方は自分で見つけてくれ。それじゃあ行くよ?3、2……」
「ま、待……」
「1。それじゃ、頑張ってくれ」
「待て!」
アルは美月のおでこを人差し指で弾く。すると、美月の姿は夢の世界から消えた。
「ちょっと人格というか思想に影響が出ちゃってるな。……まあ許容範囲だしいっか」
「待て! ……って、まじで起きちまったのか……」
美月はベッドから勢いよく飛び起きる。唇と口の中の感触は意識しなくともわかるほど明確に残っていた。夢なのか現実なのか、はたまたどちらでもないのか、美月は唇に触れ、そんなことを考えながらベッドから出ようしたとき、右側に誰かが寝ているのが視界に入った。
「おい……なんでここにいるんだお前……」
アルが同じベッドで寝ていたことに頭を抱える美月。当の本人は飄々とした態度で悪気も悪いとも思ってない。
「いやー、いつ襲われるか警戒するくらいなら起きた時にすぐ気づけるとこで眠れば解決じゃん?」
「俺はそんなことしねーよ……自分勝手すぎるだろお前」
美月は若干呆れたような声でネムの方を見る。
「……これはどうしようもない癖ってやつだよ。寝ようとしても物音とかに反応しちゃってすぐに起きちゃから、こうでもしないと……ね」
先程から一転、アルの顔は曇り、少し無理をしたような声に変わった。流石に美月もこんなことを言われてしまったら怒るにも怒れない、というよりそもそもあんまり怒ってないのでただ空気が重くなって困っている。
「……」
「……」
「ああもうわかった!好きにしろよ!そんなん言われたらどうにもできねえよ」
「やったー!これから困ったときはこの手法で美月に助けてもらお!」
「お前なあ……」
重い空気に耐え切れず美月が折れた。勝手すぎる行動を許容していいのかとも思ったが、そこまで気にする必要はないのだろう。アルは先程の所作全てが演技であったかのように、大げさに喜んだ。
「あ、さっき唇触ってたけど、寝込みにキスするような真似はしてないから」
「してたらさっきまでの事情関係なくぶっ飛ばしてるところだったわ」
「ふーん……。じゃあなんかエッチな夢でも見た?」
「んなっ!なわけないだろ!」
「あはは、で?で?どんな夢だった?」
「……言いたくない」
うきうきで質問してくるネムに美月はうつむいて返す。
「じゃあいいや。それより、昨日返り血浴びちゃって汚れちゃったから、あの服奇麗にして?」
思ったよりあっさり引いたネムに美月は驚きが隠せない。そんな美月をネムは無視して、窓側に干してある服に指をさした。
「返り血ってなに!? まあ別にいいけど。それじゃ、ほいっ」
美月は指をさして洗浄魔法を使う。やはり使用できたかどうかが不明な点を除けばとても便利な魔法だ。
「うん?ミスったかな?ほいっ……ほいっ!」
「どうしたの?」
「……魔法、使えなくなってる……」
「「えええええええええ!?」」
美月の衝撃の一言に2人は叫ぶほど驚愕したのだった。