「もっと優しい顔できないの?」
「すまないが、少し時間をもらってもいいかな?」
騎士のような全身に甲冑をきた人にそういわれ、美月とアルは取調室のような場所に連れていかれ二人取り残された。
「ミツキ、なんか悪いことしたの?」
「ここまでずっと一緒にいたからそんなことできるわけないだろ」
「じゃあ面の悪さで疑いかけられたのが有力っぽいね」
「次点でそれ出てくるの結構酷いぞ」
こんな風に椅子に座りながら部屋に誰かが来るまで自分たちが取調室にいるというのに全く危機感を持たず雑談をする美月とアル。五分、十分ほどたった後、トントントン、とノックの音が鳴り金属のドアが開かれた。
「すまないな、待たせて」
「キルスさん!」
開かれたドアの向こうにはキルスと、キルスの陰から赤い髪を覗かせ、恐る恐るこちらの様子を覗う少女が立っていた。
「ちょっと聞きたいことがあってな。……ってそんなに怯える必要はないよ。こいつが美月なんだから」
「美月!?」
「え? なに?」
「ひい!」
キルスの言葉に食いつきキルスの陰から勢いよく飛び出す少女だが、美月の顔を見た瞬間先程なんて比にならないくらい怯えだした。
「もっと優しい顔できないの?」
「優しい顔ってなんだよ!」
「ま、まあ、ただ目つきが悪いだけで悪人じゃない。君の人探しにも協力してくれるさ」
「……ほんと?」
震えた声とうるんだ目で頼んでくる少女を見て、まず美月は顔を見られただけでここまで怯えられたことからメンタルというメンタルがズタズタに引き裂かれた。しかし、ここまで怯えさせたのは初めてでもこのような対応をされるのは初めてではない為、案外すぐに立ち直った。
「……ああ。出来範囲なら協力する」
「そ、それじゃあ……美月って知ってる?」
「え?」
「あらら」
「……」
「……?」
美月たちの反応が予想外だったのか、少女は戸惑って全員の表情を覗う。しばらくの沈黙、その後キルスが躊躇いながら少女の質問に答える。
「……クロノ、いいか?さっきも言った通り、このお兄さんが美月だ」
「っ……!?」
絶句。その上、あまりの衝撃に膝から崩れ落ちた。そんなクロノを見て、美月はさらにへこむ、と思いきや、彼女を出来るだけ怯えさせないように気を付けながら質問をする。
「こっちも聞きてーんだけど、どこでその言葉を聞いたんだ?」
「……さっき助けてくれた人が、どこかへ行くときにそういってたの。『美月を探す』って」
美月はクロノが怯えつつも答えてくれたことにほっと胸を撫でおろす。それと同時に、自分の名前を知っている人物の心当たりが二つ浮かんできた。
「美月、なにか心当たりがあるのか?」
キルスが真剣な表情でこちらに話しかける。キルスからしたら今回の倒壊事件の犯人に繋がる情報でもあるため真剣になるのは当然と言えるだろう。
「あー、二つほど、ある。一つは森で名乗った劉?ってやつ。もう一つは元々の知り合いの三辻晴祥。どっちもないと思うし、なんなら美月ってのが俺じゃない誰かって可能性一番高いと思ってる」
「あの野郎はこういう子をそのまま残すなんてこと絶対しないから、そのハルヨシって人と同名の誰かのどっちかだね」
劉の名前を出した途端に急に不機嫌になるアル。キルスはそんなアルをなだめながら話を続けた。
「じゃあまずはその二人を探してみる。指示を出してくるからまた少し待っててくれ」
「さっき周り騒がしかったけど、なんか事件とかあったの?」
「なぜそう思ったんだ?」
「いやだって、小さな女の子一人のために人を動かすなんて考えられないからだよ」
キルスは観念したかのようにため息を事情を説明する。
「……さっき西街道もほうで建物が倒壊する事件があってな。そこの経営者は違法な奴隷取引をしていた疑いがあって、今回の事件で証拠がそろい検挙出来たんだ。この子はその時に保護した子だ。他に何人も同じような子が保護されてる」
「……見つけてどうするの」
クロノは芯の通った眼でキルスを睨みつける。
「逮捕するさ」
「なんで!?あの人はわたしたちを助けてくれたんだよ?あなたもサッカスを捕まえれてよかったっていってたでしょ!」
クロノの必死な訴えに耳を貸さず、キルスは淡々と理由を挙げる。
「現場にあった金庫から金塊が盗まれてた。これは明らかな強盗だ。それに、クラーカス家の次男を見る限り一撃で倒している。レベル1でもかなり強い部類に入る人物を簡単に倒せる実力を持っていて、尚且つ犯罪を犯している。これは十分逮捕理由になりえるんだ」
「で、でも!」
「……さっき確率低いとか言ったけど、そいつ多分晴祥だわ」
キルスとクロノの口論によって険悪になった空気をものともせず割り込んで答える美月。この発言でもしかしたら自分の友人が捕まるかもしれないのだが……単純に気にしていないのか、そこまで考えてないのか、多分後者だろう。
急に改められた情報に戸惑うクロノ達を放っておいて、美月は根拠を述べはじめた。
「あいつ、自分が悪になるような行動をするとき正当化できる理由を作るっつーか、利用できるものがあるときしかそんな事しないんすよ。喧嘩だって鬼強かったし、俺らと同じように今回ので転移してたらスキルももっらてるはず。そのクラーカス?って人がどんくらい強いのかピンとこないけど、あいつだったら多分出来る」
「成程……それで」
「どこにいるかわかる?」
クロノはキルスの言葉を遮って発言する。発言と同時に彼女に睨みつけられたキルスだが、十代前半の見た目をしている少女に怒るほど器は小さくない。というかそもそも彼にとってクロノ達を助けた晴祥を逮捕することは彼女に敵意を向けられる前から心苦しいことなのだ。
「知ってたらもう言ってるよ。俺やることないし暫くこの街にとどまれば向こうから来んじゃねーかな」
「僕一刻も早く元の世界に戻りたいんだけど」
「ええ……それ俺に関係なくね?」
「いやまあうん……それはそうだけどさぁ……まあいいよじゃあ」
「まじでどうしたんだよお前……」
急に拗ねるアルに戸惑う美月。最速でレベル2になった美月を仲間すればこれからの展開を優位に進めることができるため彼からしたらかなり重要なことだろう。美月は良くも悪くも単純で、自分のやりたいことを優先するタイプの自己中だが、面倒見のいい性格のためか拗ねたアルを放っておけず今日だけこの街で過ごすというアル側に譲歩した約束を取り付けた。
「気になったんだけど、なんで最初に事件のことを教えてくれなかったの?」
「こういう場合もし心当たりがあっても友人のような間柄だったら本当のことを言ってくれなくなる人が多いからなんだ。今回は美月がそういうタイプじゃなくて安心したよ。
それで、君たちはこれからどうするんだ?」
「あー、近くに休めるとこがあればそこ行って、あとは旅みたいな感じになると思います」
「それじゃあ今日の宿はまだ決まってないんだな?」
「そうなります」
「だったらいい宿を紹介するよ。お代に関しても話を付けとくからゆっくり休んでくれ」
「い、いいんですか!」
「ああ、長時間拘束してしまったお詫びと情報協力をしてもらったお礼だから気にしないでくれ」
「い、いいひとすぎる……」
キルスの人の良さに美月が感動していると、バンッ!とクロノが机に手をつき身を乗り出してきた。
「ど、どうした?」
「私も連れてって」
クロノの急な行動に戸惑いながら対応する美月を、彼女は全く表情を変えずに見つめる。絶対についていくという気迫が見ているだけで伝わってくる。
「え、無理」
しかしそんな気迫も美月だけには伝わっていないのかあっさり一蹴されてしまう。
「なんで? なんで?」
「だって女の子だろ? 捕まってったってことはそんなに強くないってことだし。……旅ってなると当然野宿とかになるから、精神的にきついと思うぜ?」
「その子も女の子でしょ?なんで私がダメでその子はいいの?」
「いやこいつ男だし」
「はーい、せいかーい」
「え?」
「そもそも君はまだ体調が戻ってないんだから、あと三日は保護させてもらうよ」
「ええ!ちょっ、三日は長い、三日は長いよ!私もう万全だから、全然動けるから!」
最初の怖がっていたクロノはどこにったのかと突っ込まれそうなぐらい彼女は必死に抗議していた。
「どれだけいっても駄目だ」
「ちょっ、まって。はーなーしーて!お願いだから~!」
ひょいっと軽々担ぎ上げられ運ばれるクロノ。持ち上げられてもいまだにじたばたしている姿に美月は笑いそうになり、アルは楽しそうに笑っていた。
「まあ晴祥見っけたら会わせに来るから、そう落胆すんなよ」
「ほんとに?なら……ってちょっと!そんな早く行かないで!止まってよ~!」
「ダメだ、冷めると飯がまずくなる」
クロノの悲痛な叫びは、だんだん離れていき、長い廊下にむなしく響くのだった。