「お疲れ~」
クラウン・ヘッジのギルド前中央通りから延びる西の道を進んだところにある大きな店に、小太りのおじさんと護衛のついた貴族のような男性、そして音も、気配も、姿も極限まで薄めて、ばれないように後ろからつける、西洋風な街並みに似合わないカジュアルな服装をした男、三辻晴祥が順番に入っていった。
貴族とおじさんは人の並んでいるカウンターを通り過ぎ、店内奥の扉へ入る。晴祥も当然その後ろを辿る。
「なかなか稼げているみたいだな」
「は、はい。おかげさまで順調でございます」
小太りのおじさんは貴族のような男性に頭を下げながら対応する。どうやら貴族のような男性のほうが立場は上のようだ。そして話している内容から見るに、おじさんの方は恐らくこの店の経営者だろう。
「それで、例の物は?」
「はい、ご心配なく!」
「そうか、それはよかった。やはりお前に任せて正解だったよ。お前たちはここで見張りを」
「はっ」
「お疲れ~」
護衛を扉の前に残し地下へと下っていく二人。気さくに挨拶する晴祥だが全く気づかれていない。改めて自分のスキルの効果を実感しながら晴祥は簡単に推理をする。
上は外に貼ってあった張り紙やカウンターにあったパンフレットから察するに派遣会社のようなもので、今から行く地下が大本命である奴隷売買の行われる場所で間違いないだろう。隠れてやっているということは非合法、それに貴族のような人間が活用しているということは金は十分すぎる程あるはず。つまり罪悪感が芽生えない強盗ができるということだ。
「私が連れてきますので、ジェイル様はここで少々お待ちに」
「ああ、楽しみに待っているよ」
小太りのおじさんが地下の奥へ向かいジェイル一人になった瞬間、晴祥は声を発する。
「最初見た時はどうとも思ってなかったけど、あんたらって悪人なんだね」
「だ、誰だ!」
ジェイルは後ろ補振り向くが晴祥の姿は捉えらない。姿は見えないのに声はする。そんな未知の状況にジェイルは恐怖で体が動かなくなる。
「なにが目的だ!?か、金?金ならいくらでも払うぞ!」
周囲を見渡しながら怒鳴りつけるも、一切姿をとらえられずただただ恐怖を煽るだけだった。どこを向いても声の向きは変わらず、常に背後から聞こえてくる。
「き、貴様!私のことを誰だと思っている!」
「それは俺に関係ない。でも安心してくれ、きっとあのおじさんが助けてくれる」
「な、なにをいっ……」
「んじゃまた今度」
ジェイルはこの世の物とは思えない底知れぬ闇を最後に目の当たりにし、気を失った。その後先程のジェイルの声を聞きつけてか後ろからどたどたと小太りのおじさんが急いで向かってくる。
「ジェイル様!どうされました!?」
おじさんの右手には鎖が掴まれておりその先には赤い髪をした少女がつながれていた。晴祥は笑みを浮かべてジェイルの襟を掴み人質に取る。
「やっぱりすがすがしいね。俺が正義だと勘違いしちまう」
「じ、ジェイル様に何をする!」
「人質にしただけ、そう騒ぐなよ。この取引で得た利益、どこかに隠してあるんだろ?それを素直に教えてくれれば解放するよ。……てあ」
おじさんはジェイルが気絶していることに気づき掴んでいた鎖を投げ捨て、奥へと逃げだす。
「まあ、そうか。こいつなんて客の一人にすぎないもんな。とはいえ、俺的にはそっちの方が好都合だからいっか」
そして晴祥の気配は瞬く間に消えた。
視点は変わって小太りのおじさんこと、店長サッカス。今彼は必死に金庫の場所へと向かっていた。ジェイルは戦争による功績を認められ男爵となった武闘派貴族クラーカス家の次男。まだ未熟ではあるが、一般人では触れることさえできない実力者のはず。そんなジェイルが一瞬で倒されたのだ。間違ってもサッカスに倒せる可能性はない。この取引がバレたことを隠蔽するためには晴祥を殺す必要がある。だが、金庫の中身さえ持ち逃げできればいくらでも立て直しはきく。サッカスはそう考えこの行動をとったのだ。
まあそこまで運動していないサッカスの全速力などたかが知れているため、この行動はただ晴祥に金庫の位置を教えているだけになってしまう。
「はぁ……はぁ……」
しかし、そんなことも露知らず、サッカスは息を切らしながらも金庫の場所にたどり着いた。サッカスは後ろに晴祥の姿が見えないことを確認し、慌てて金庫を開く。
「こ、これであとは……」
「どこに隠してるかと思ったらこんなとこかよ。ただまっすぐ進んだだけじゃないか」
「い、いつのまに……」
「いつのまにって、さっきからずっと後ろにいただろ。お前が気づかなっただけだ。……それにしても」
晴祥は金庫の隣にある牢屋に目を向ける。そこには薄い布一枚で身を包み、鎖に繋がれている様々な容姿をした少女たちが怯えながら身を寄せ合っていた。晴祥はサッカスの方に向き直り、笑うわけでも、にらみつけるわけでもなく、ただ淡々と、足音を立てずに近づく。
「ひ、ひい……」
「そう怯えるな。もっと堂々としれくれなきゃ、俺に罪悪感が芽生えちまうだろ?」
晴祥は右手でサッカスを掴み、後方に投げ捨てる。
「ぐっ……」
「思ったより多いな……。一人でもってくのはダルそうだ」
「わ、渡すものか!それは、それは……私の物だー!」
サッカスは叫びながら背を向けている晴祥に襲い掛かる。
「期待通りで、期待外れだ。あんた商人向いてないよ」
その言葉と同時に、黒い衝撃がサッカスの体を吹き飛ばす。サッカスの体はとてつもない勢いで壁にぶつかり、衝撃もまた壁に広がり建物全域に届く。天井から粉がパラパラと降り、グラグラと建物が揺れる音が聞こえてくる。しかし、牢屋の中の少女たちはそんな状態にも関わらず、晴吸い込まれるような深淵を纏った左手を持つ晴祥に見入っていた。そんな中、先程サッカスに連れられていた赤髪の少女が恐る恐る声をかける。
「あ、あの!」
「ん?ああ……!忘れてた!こういうことだろっと」
何かを思い出した晴祥は牢屋を左手で軽く薙ぎ、少女たちを繋いでいた鎖諸共鉄格子を切り裂いた。
「あ、え……いや、そういうことじゃなくて……」
「聞いてあげたいのはやまやまだけどさ、そろそろ出ないと巻き込まれるぜ?」
「あっ……」
そして建物は地下のみならず地上の店までまきこんで倒壊を始め、およそ三十秒ほどで全てが崩れ土煙が立ち込める。そしてその土煙が晴れ、中から地上地下含めた全員が無傷で現れた。そのほとんどは状況が掴めず戸惑っていて、晴祥が気配を消さずともただ一人を除いて気づいた者はいなかった。
「あ、ありがとうございます!」
「ああ、うん。俺はただの強盗だから、事情聴取とかのときに話題に出さないで貰えると助かるよ。それじゃ。……早く美月のとこ行かないとな」
そうして晴祥は侵入したときと同様に気配を消した。赤髪の少女からしたら一瞬でどこかへ移動したかのように見えただろう。
「あ……。美月……」
少女はその言葉を口に出し、手をぎゅっ、と力強く握った。