「気軽にお声掛けくださいっす」
右も左も人だらけな道に、美月は感嘆の声をもらす。
「なんつーか、人がいっぱいいるとかいう小学生みたいな感想しか出てこねーな」
通勤ラッシュレベルに混んでいるうわけではなく、人が苦しまず歩ける程度に道は空いてるが、人の姿はどれだけ先を見ても全く枯れない。道の両脇には店が立ち並び、美月の世界では見ないような珍しいものを取り扱っている店もあった。
「てか、ここからギルドまでって普通に遠い……」
美月は視線の先にある、恐らくギルドであるとても大きな建物を見る。森の出口からみたときよりかは大きくなっているが、それでも近づいたとは言い難い。周りに人がいるため、森の中みたいに駆け抜けることが出来ず、まったく進んでいる気がしない。
「これ、昼間のうちにつくのか? というより、普通に不便だろ、森を抜けた後にギルドまで歩くなんて苦行すぎる……」
美月が愚痴を吐いていると、急に後ろから話しかけられデジャブを感じる。
「ミツキ、おそいよ?」
「うわっ! ……なんだお前か、あんまりびっくりさせないでくれ……」
「警戒してないミツキが悪いよ。まだ制限中とはいえ、僕たちはいつ襲われるかわかんない状態なんだから」
「不意打ち食らったやつがよく言うぜ」
「なっ……」
痛いところをつかれ、アルは必死に反論する。
「あ、あれで時間内でも襲ってくることがわかったから今も警戒してるの!」
「顔赤くなってるぞ。さっきの件といい、可愛いとこあるな」
「何言ってんの? 僕が可愛いのは当たり前じゃん」
赤くなっていた顔を一瞬で元に戻し真顔で答えるアル。美月はそんな芸当を目の当たりにして驚愕する。
「え、すっげ。一瞬で元に戻った」
「そんなことより、このままここ歩いてたら時間かかるから別の道行こうよ」
「別の道って、そんなのどこにあるんだ?」
美月は店の合間にあるのか?と思いあたりをきょろきょろ見回すが、それらしき道は見つけられずアルの方に向き直る。そのご、アルは一つの場所指差しこう言った。
「屋根あるじゃん」
「や、屋根?」
「そそ。あそこなら人いないし、全力で走れるよ」
「屋根おちない?」
やるやらない以前に屋根の耐久度を心配するあたり美月はやる気満々のよう。森の中よりは足場がよさそうだし、いけそうではあるが……。
「いけるいける、根拠はなーんにもないけど多分大丈夫だって。……よっと」
アルは軽快に屋根に飛び乗り、美月もそれに続く。
「うおっ……。……いいのかわかんねーけど、ギルドまで突っ走るか」
「おー!」
美月は小柄なアルと違い体重のある自分が飛び乗ったとき屋根が抜けるのでは?と危惧していたが、そこまでやわなつくりではないみたいで全然平気だった。そもそもアルと比べて重いといっても70㎏、180近い身長からしてみれば標準である。
乗った後はもう早かった。永遠に見えたギルドまでの道のりは5分で片付き、気づけばもう目の前に到着していた。
「城かよ!」
間近で見たギルドにそんな感想を抱く美月。
遠くからでも大きく見えたギルドの外装は大きさに比べて大人しく、大きな看板が一つかかっているだけだった。
「中ひろ……人多!」
美月は賑わうギルドの中を見てある既視感を覚える。
「これあれだ、ショッピングモールだ」
「あー、確かにそうかも。上にも階があるみたいだし、ここにいる人たちを普通の格好に戻せばそうにしか見えなくなる」
アルがそう言うのも、ギルドの中にいる人達は元の世界では絶対にありえない特徴が共通してあるからだ。それの特徴は全員が武装をしている、ということ。弓や剣、杖なんかをもったり、鎧を身に着けたりといろいろと物騒だ。
「……とにかく、ライセンスってのを作っちまわないことには話が進まない……が」
美月はギルド内を見渡しため息をつく。
「どこでつくるかわからないね。こういうのは人に聞くのが手っ取り早いんだよ。僕に任せて」
自信満々にアルは近くにいた剣士のような人物に愛想よく話しかける。しばらく談笑したのち、笑顔で美月に手を振って近づく。他の男なら勘違いして(勘違いせずとも)好きになってしまいそうだが、美月はアルが男であることを知っているし、たとえ女だったとしても美月のタイプからかけ離れているため理性がしっかりと働く。
「ミツキ! ライセンス登録はあのお姉さんたちのところでやるんだって!」
アルは右側の受付のような場所を指す。見たところ、特に人は並んでおらず、善は急げということで走らずとも少し早歩きで向かう。
「あのーすみません。ライセンス作りたいんですけど」
「冒険者ライセンスっすか? ではまずお名前をどうぞっす」
冒険者という聞きなれない単語は一旦スルーし、美月は言われた通り名前を教える。
「藍沢美月です」
「お~、キルスくんからご紹介は受けるっす。そちらのアルハードさんもご一緒におつくりになるという形でよろしいっすか?」
「あー、僕はいいや。美月一人で十分でしょ」
「了解っす。それじゃあ美月さん、このカードを触ってほしいっす」
「あ、はい」
美月は差し出された青白いカードに触れる。すると、表面がぐるぐると回り、最終的に『2』という文字が浮かび上がってきた。
「ああ、レベル2っすか。それではランクCからスタートになりまっす。冒険者ランクについて、ご説明はいるっすか?」
「ああ、俺冒険者になるってことですか? そもそもそれ自体なんなのかわかんないすけど……」
「了解っす。まず、冒険者っていうのは危険なモンスターを倒したり、誰かの頼みを聞いたり、その名の通り冒険したりする具体的にどこからどこまでが冒険者と範囲が決まってない謎の職業っす。ライセンスを発行すればなにもしなくても名乗ることが可能っす」
「やっぱあるあるだね」
アルは最初から知っていたかのような口ぶりで相槌を打つ。まあアルは美月と違い、アニメや漫画だけではなくいわゆるライトノベルを日本に来てから読み漁っていたので、そういったもののシステムが流用されたこの世界のことはある程度予想がついていたのだろう。
「次に冒険者ランクの説明っす。ランクは上から順にS,A,B,C,D,E,F,Gの8つあって、それぞれ実力の指標となるっす。Sランクはほとんどいないっすけど、レベルでいうと5以上が目安となりまっす。キルスくんは4なのでSいくかいかないかくらいっすね」
「キルスさんそんなに強いのか……」
「あれでレベル4……!?」
美月はキルスの強さに、アルはキルスの強さでレベル4であることに驚きを隠せなかった。
「経験値は自分と相手との強さの差と、死ぬ危険性、あと単純に相手の強さで決まるっすから、騎士団長として何度もモンスターの襲撃からこの街を守っただけはあるっすね。それと……」
受付の人はカウンターの下からごそごそと何かを取り出し美月に差し出す。
「これ、さっきのロックブルの報酬っす。ロックブルはDランクのモンスターなので、基本報酬として金貨50枚、死体まるまるあって状態もいいのでプラス10枚、合計60枚となるっす。Dランクのモンスターは文字通りDランクの冒険者が倒せる指標となってるっす。あ、あとキルスくんからお手紙もあずかってるので、お渡ししときまっす」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ、ではまたご入用がありましたら気軽に声をおかけくださいっす」
美月は受付の人の丁寧な接客に感銘を受けつつ、アルは語尾が少し気になりつつ二人でキルスの手紙を読む。
『大体のことはミリスさんが説明してくれてると思うから簡潔に!
金貨一枚の価値は元の世界の一万円と大体おんなじだ。あまり無駄遣いするなよ?
それじゃあ、俺は仕事に戻る!』
「どこまで親切なんだキルスさん……。こんなの惚れるだろ」
「あの変な口調の受付嬢さん、ミリスって言うんだ。それにしても金貨一枚一万円、あの豚で50万ってことはドラゴンだったらどうなってたんだろ」
「そもそもあんなの運べねえよ」
「それもそっか」
「ひとまず資金調達もできたことだし、飯にするか」
「そういえば、もうお昼か。昨日の朝からなにも食べてないしちょうどいいかもね」
「ようやくまともな食事が出来る……」
美月は心の底から湧き出る喜びを噛みしめながら、飲食店を探すのだった。