「百人殺すまで帰れまデスゲームスタート!」
藍沢美月はただ茫然と空を見上げていた。別に落ち着いているわけではない。突然起きたこの現象に思考が追いついていないだけだ。二次募集の結果を聞いた帰りに目の前が突然発光し、気が付いたらこの場所に居た、なんて、現実で起きた結果すら受け入れられないのにこのような現実味のないこと受け入れられるわけがない。
妙な浮遊感を感じさせる地面など気にも留めず、美月は混乱した頭のまま周囲を見渡す。すると中央にある大きなモニターに映像が映り始めた。
「やっほー、突然呼び出しちゃって申し訳ないけど、今から説明することをよーく聞いてね。不足があったらあとで質問時間設けるからその時に質問してね。ちなみに僕は神様、だからなにって話しだけど」
モニターには目を隠した白髪が、自分のことを神と名乗るものが映っていた。静かだった空間に音が入り、美月の止まっていた思考は周囲のざわつきと同時にようやく働きだした。モニターに映っている白髪は戸惑っている人間たちを気にも留めず説明を続けた。
「今から君たち1000人にはある世界に行って、配られたスキルを駆使して殺し合いをしてもらう。100人殺した人から終了。好きな願いを叶えてあげちゃうよ」
あまりに突飛すぎる話に美月の思考はまた止まりかけるが、周囲の人間たちが出す怒りの声に冷静さを取り戻す。白髪は騒ぎ出す人間たちをしり目に説明を続ける。
「ルールは一つ、向こうの世界に降り立ってから72時間は人を殺しちゃいけない。まあそういう制約かけるから殺せないってほうが正しいかな。それじゃ、なにか質問ある?」
白髪の声が届いてないのか騒ぎはどんどん大きくなる。そりゃそうだ、突然連れてこられた上に殺し合いをしろだなんてまともな人間なら取り乱さないわけがない。美月が今冷静でいられるのはここに来る前からなにかを受け入れられる精神状態じゃなかったからであり、そうじゃなければ今頃この騒ぎに混じってキレ散らかしていたことだろう。偶然にも直前に不幸なことがあってよかったと、そう思えるほどの喧騒が巻き起こっていた。そして、そんな喧騒の真ん中で、美月は白髪に対し質問をする。
「お前、名前は?」
決して大きくないその声は喧騒の空気を裂き、しっかりと全員の耳に届き空間に一瞬の静寂をもたらした。
「あは、マジ? それ聞……フフ、聞く意味あるの?」
「自分を殺す相手の名前くらい知っときたいだろ?」
「あー、間接的に僕が殺してるのと一緒だもんね。それが本心でないとはいえ、君たちに呼べる名前はないよ。それに僕は今から君たちを送る世界じゃ知られてないんだ。ごめんね、目つきの悪い少年。……いや、待てよ、いいこと思いついた!」
白髪が手を伸ばしモニターに触れると、どぷんっ、とモニターの中と外の境界を通り抜け、こちら側に顕現した。喧騒も、白髪が人を超えた何かであることを理解したようで、すぐに静かになった。いつの間にか美月の目の前にたどり着いていた白髪は抑えきれない好奇心を胸に、装飾によって隠された目でじっと見つめながらこう言った。
「君が考えてよ、僕の名前」
「じゃあネムで」
即答だった。急に持ち掛けられた名づけの話に即答するのも中々にイカれているが、ネーミングセンスの方はもっと終わっていた。
「いや……もっとこう、あるでしょ?」
「意味なんていらないだろ。」
「うーん、そうじゃなくて。そんな顔してそれ言われると、拍子抜けしちゃうな」
「そんな顔って、さっきから目つき悪いとか言いやがって、お前はどうな……」
口に指を当て、美月の声を遮って言う。
「お前じゃない、ネムだよ。さっき君が決めてくれたんじゃないか、藍沢美月君」
「なっ……」
美月は驚きの声を上げる。それは自分の名前が知られていたことに対して、ではない。モニターから出てきたのだ。名前を知っていることくらいじゃ驚かない。美月はネムの後ろでバットを振り上げている男に驚いてた。
「ちっ……」
「あ……」
美月はネムを突き飛ばし振り下ろされたバットを右手で受け止める。その瞬間地面が輝き、真っ白な背景は緑に染まり、踏みしめている空間は広大な大地と確かな感触に変わった。
「おいっ! 相手がなんであろうがこれはやりす……ぎ……」
美月は瞳に映るその光景に言葉を失った。右手の痛みも忘れるほどに思考が止まった。緑色の植物ばかり目に入る現状を、周囲を三週ほど見回してようやく理解する。森だ、やべえ、死ぬ。実に簡単に、そして簡潔に現状をまとめた美月はがっくりと視線を落とし、ため息をつくのだった……
「良かったのですか? ××さ……」
真っ白な空間の中、メイドのような姿をした女性がある単語を発しようとしたとき、女性の頬から血が流れ、遅れて、風を切り裂いたような音が響いてきた。
「もっかいいって?」
「はあ……。良かったのですか?ネム様。あのようなタイミングで」
ネムは白く腰まである髪をなびかせながらご機嫌にステップを刻む。
「少しでも遅れてたら殺されちゃってたからね、あのバットの子。そうでしょ、ルリ」
「ええ、まあ。反射的にそうしてしまっている可能性は無きにしもあらず、って感じですね」
ルリと呼ばれた女性は手に持っていたモップを撫でながら微笑を浮かべる。
「さあ、早く部屋に戻って見届けよう。色々準備しなきゃいけないことあるし」
ネムは動きを止め、口元に先程とは違う笑みを浮かべこう言った。
「それに、こんなにも早く「見込みあり」が見つけられるとは、ラッキーだね」
それでは、「100人殺るまで帰れまデスゲーム」、スタート!
……どちらかというとバトロワだし厳密なスタートは72時間後だけどね……