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毒と薬草酒



「では、始めます。バーナード様。楽になさっていてくださいね」



 また人形のような状態に戻ってしまった男から反応が返されることはなかった。


 なので、リド・ハーンは両手を頭の上からゆっくりと足元までかざしていく。



 緑色を帯びた淡い光が手のひらから発せられているのが傍から見ていて分かるが、照射されている当のバーナード・コールはじっと窓の外に視線を当てたままぴくりともしない。



 現在行っているのは魔力による診察もしくは鑑定のようなものだと、事前に魔導士二人から説明を受けた。



 彼の認知機能障害が数少ない若年層の一例であるのか、それとも別の要因があるのか。



 ハーンは医療を極めているわけではないが、教会に身を置いている間にある程度の技を磨いてきたらしく、彼に手に負えない場合は別の魔導士に協力を仰ぐと約束してくれた。



 ちなみに検査の間、ネロはいったんヘレナが抱き上げていて、とことん自由な黒猫は額をぐりぐりと飼い主の顎と頬に押し付け喉も鳴らしてご機嫌だ。




「うーん。どういうことかな、これは・・・」



 ぱたりと両手を降ろし、ハーンが首をかしげた。



「ハーン様?」



 ヘレナが問うと、今度は淡い金色の光をバーナードの全身に当ててみたシエルも同じように首をひねる。



「・・・なるほど。確かに奇妙ですね」



 魔導士たちは視線を交わしたあと、同時に頷きウィリアムとジョセフへ身体を向けた。



「申し訳ありません。これはちょっと調べてみないと解りません。念のため、バーナード様の毛髪を少し頂きたいのですが」



「毛髪?」



「結論から言いますと、バーナード様の不調の原因はなんらかの毒を時間をかけて盛られ続けていたせいではないかと我々は推測します」



「・・・毒」



 ジョゼフは一瞬驚いた表情を浮かべたが、ウィリアムは腑に落ちたような声でつぶやいた。



「ゆっくりと病に罹って亡くなったように見せかけるのが犯人の狙いならば、毎日の飲食の何かに微量の毒を混ぜていたのではないでしょうか。・・・そうですね。たとえばコーヒーなど」



「・・・コーヒーは叔父の数少ない楽しみでした」



 眉間に指をあて、目をつぶる。



 ウィリアムの頭に思い浮かぶ光景。



 顔見知りの・・・。


 いや、『親しい同僚』が執務室に籠りきりの叔父の元へ訪れる。



 『お疲れ様です。少し休まれませんか』



 さも、気遣うような顔をして。




「・・・何の毒かが特定できれば治療も可能ということですか」



 頭を振ってなんとか冷静になろうとウィリアムは試みる。


 今は、目の前の事実のみと向き合うべきだ。



「はい。正直な所、『診察』ではごくごく年相応の身体なのです。だから適当に『治癒魔法』をかけてみてもこれといった変化が現れない。我々には『どこを治癒すべきか』解らないからです」



 負傷ならばどこを治せば良いのか解りやすい。


 また、病人自ら不調を訴えられる状態ならなおのこと。



 しかし、ただ人間らしい営みがだんだんとできなくなる病というのは、原因が多岐にわたるためになかなか治療が難しい。



「バーナード様がゴドリー邸を出られて半年以上経っているので、だいぶ薄れているのではないかとは思いますが、毛髪を持ち帰り、魔導士庁にて分析をしたいと思います。何かが検出できれば、こちらの対応も早くなります」



「あ、それと。彼の生活習慣が分かれば教えてもらえます?コーヒー以外の嗜好品の何か・・・。例えば毎日口にする何かがその毒を進行させたか遅効させたか・・・。犯人の予想外の飲み合わせみたいなものもあるかもしれないし」



 ハーンが付け加えると、ジョセフがすぐに反応した。



「・・・関係があるかはわかりませんが・・・。一つ気になるものがあります。妻が作る薬草酒で、バーナード様は寝る前に必ずお飲みになっていたと思います」



「あ・・・」


 ウィリアムも顔色を変えた。



「私と妻は家令と侍女として、コール子爵家へお仕えしておりまして、同じく侍女だった妻の母が作った薬草酒を主たちはことのほか気に入ってくださり、長きにわたって提供してまいりました。とくにバーナード様は家を出られたのちもご所望されたので、妻が定期的に作ってお届していたのです」



 その薬草酒はまだゴドリー邸の叔父の私室にいくつか残っていたため、ウィリアムが保管している。



 とても酒を飲む気分にはなれず、すっかり忘れていたが、確かに叔父のお気に入りだった。


 ジョセフの妻は器用で売り物と見紛う凝ったデザインのラベルを必ず貼っていたため、もし叔父の部屋を物色したとしても手製の酒とは気づかれ難い。



 そうして薬草酒の存在は誰にも知られずにいたならば。




「薬草酒なら、可能性が高いですね・・・。そのレシピは、常にほぼ同じ内容と考えても宜しいでしょうか?」



 シエルが尋ねると、元家令は深くうなずく。



「はい。生で使うのはローズマリーのみで、残りのハーブとフルーツと香辛料の全てを乾物を使用するため、どれかが欠けるということはほぼないかと」



 ローズマリーは手がかからず繫茂しやすいハーブだ。


 ならばおおよそ一定の成分で作ることができただろう。



「お手数ですが、その薬草酒を是非分けていただきたいのですが、奥様にお願いできますか?」



「はい。レシピも書かせます。しばしお待ちください」


 ジョセフは足早にコンサバトリーを辞した。



 彼と入れ替わりに使用人たちがやってきて、テーブルと椅子をセットし紅茶と焼き菓子を進めてくれたので、四人はありがたく甘えさせてもらう。



 田舎の農家と思えない細やかなもてなしぶりはジョセフかいかに有能な家令であったかを示し、更にはバーナードとウィリアムへの手本となったであろうことを思わせる。




「あ、そういえばヘレナ様の作ったブランケット、持って来たんだよね?」



 朝一番に搾乳したばかりだという牛乳で作られたミルクティーは濃厚で、茶葉の香りと相まって全員一口飲んだだけでため息が出た。



 人心地ついたところで、ハーンがちらりとバーナードの横顔を眺めて口火を切る。




「はい。先ほどの応接間に預けたままですが・・・」



 ヘレナは膝の上で丸くなってうとうとし始めたネロをゆっくり撫でながら首をかしげた。



 そういえば、他にも色々、ジョセフたちに土産物を用意していたのだが言い出しそびれている。


 魔改造生物から作った各種チーズや料理など持参したが、これほどの酪農家に渡すのはおこがましいような。




「・・・うん。ならちょっと取りに行ってくるね。そろそろ日が傾いて気温が下がるだろうから」



 ひょこっと立ち上がり、待機していた侍女に話しかけて一緒に退室した。



 ハーンの明るい声と侍女の笑い声が少しずつ遠ざかる。



 大きなガラス窓からさす柔らかな陽の光の中に沈黙が落ちた。


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