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バーナード・コール


「こちらになります」



 廊下を突き進むと増設された区域に行きつく。


 突き当りの扉を開くと応接間、そして更に奥に大きなガラスがはめ込まれた小部屋があった。


 程よく植木鉢が配置された淡い光の差し込むそこに、一人の男が長椅子に座っているのが見えた。




「バーナード様。ウィリアム様がお見えになりましたよ」



 ジョゼフは彼の正面に回り、膝をついて話しかける。




「・・・」



 その後ろ姿はぴくりとも動かない。




 顔を上げたジョゼフはウィリアムたちに目線でこちらへ来るよう合図をした。


 ゆっくりと近づき、回り込んで彼の姿を確認した途端、みな言葉を失う。




 まるで、大きな人形だ。




 顔や体つきといった全体的な特徴は甥であるウィリアムとよく似ている。


 親子と言っても良い位に。


 しかし肉を削げ落としたかのように骨ばった顔の中心にある黒い瞳は見開かれたままで生気がなく、まるで魂が抜き取られた抜け殻のように見える。




「叔父上・・・」



 こくりと息を飲んでから、ウィリアムは声をかけた。



 やはり、反応はない。


 ゆっくりとわずかに胸元が上下しているので生きているのは分かる。


 しかし、これはまるで全ての感覚を失ってしまったかのようだ。



 呆然とバーナード・コールを見つめて立ちすくんでいると、急にネロがヘレナの腕からするりと降りた。




「あ・・・。ネロ?」



 慌てて捕まえようとしたが軽やかな足取りで駆けだし、そのまま毛布を掛けたバーナードの膝の上に飛び乗った。



「すみません、すぐに・・・」



 ヘレナが手を伸ばすが、ジョセフは笑みを浮かべて首を振った。



「多分大丈夫です。うちにも何匹か猫がおりまして、たまに彼らも私共が目を離した隙にバーナード様の膝で過ごしているのを見かけますが、お嫌いではない感じです。このままで問題ないでしょう」



 ネロは勝手知ったる風で前足を男の胸元に置くと、いきなり彼の顎から頬を舐め始めた。



 ざりざりざりざりざり・・・・。




「ネロ!!あなたなんてこと・・・っ」



 ヘレナの全身から血の気が引いた。



 ネロは尻尾をピンとたてて一心不乱に元執事の顔を舐めまわす。



 猫の舌は意外と固くて痛い。


 病人の皮膚がむけてしまうかもしれない。


 とめに入ろうと一歩前に出たが、シエルが背後から両肩に手をやり静止する。




「しー。そのままに。ネロなりに何か考えがあるのでしょう」



 囁かれて、ウィリアムとジョセフに目をやると二人ともこくりと頷いた。



「そう・・・でしょうか・・・」


 ネロは魔改造生物だ。


 何かを感じて行動していると言われればそんな風にも見えるが、果たして、病を得てもなお端正な元執事の顔に傷を付けずに済むだろうか。


 まるで母猫が子猫の毛づくろいをするかのように舐め進めているうちに、ぴくりと、膝の上に放り出されたままだったバーナードの手がびくりと動く。



「・・・叔父上」



 そっとウィリアムが声をかけると、見開かれたままだった男の黒い瞳へ次第に光が宿る。



 一度、ゆっくりと瞬きをしただけで、彼は変わった。



 人形から、人間へと。



「・・・ウィリ、アム・・・」



 かすれ気味だったが、甥に似た、どこか透明で誠実な声。



 ゆるゆると片手を上げて、己の顔を舐める黒猫の背に細い指先を慎重に滑らせる。


 優しい動きだ。




「ぴ」



 ふんと大きく鼻息をついたネロは、顔を男から離し、前足を胸元から膝へ降ろして背筋を伸ばした。




「これ・・は・・・。いったい・・・」



 少し、上の空な口調。



 どこか夢を見ているかのような表情。


 完全に正常な状態になっているわけではないだろう。




「ご無沙汰しています、叔父上」




 叔父の足元に跪き、ネロに触れず放り出されたままの方の手に両手を添えた。



「叔父上の体調を改善するための手立てを探しに来ました。診察を受けていただけますか」



 見上げて真剣に語り掛けるウィリアムに、ゆるりと黒猫を撫でていた手を伸ばす。



「ウィ・・リ、アム・・・」



 まっすぐで滑らかな黒髪にぽんと、骨ばかりになった手を乗せた。



「お前の・・・思う、ように」



 霧の立ち込めた意識の中と外を行ったり来たり、波のようにたゆたっているが、なんとか叔父としての品位を保とうと努力しているのが垣間見える。


 言葉を発するのもかなりの努力が必要なのだろう。


 口元が震え、肩も懸命に呼吸しようと上下している。

 


「ありが・・・とう・・・、ウィル・・・」




 その一言に、ウィリアム・コールは子供のように顔を歪めた。



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