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元家令のもとへ



 光と風の渦巻きの中心で、ハーン、コール、シエル、ヘレナそしてネロは時が来るのを待つ。


 肩からするりと降りて両腕の中に納まった黒猫をヘレナはきゅっと抱きしめた。



「まったくもう・・・。びっくりするじゃない」


 小言をつぶやいても、「ぴ」と小さく答えて、ふわりふわりと優雅に尻尾を振られる。


 ・・・ちっとも反省していない。



「そろそろ着きますよ。ちょっと足を踏ん張った方が良いかも」


 呑気なハーンの声に、コールとヘレナは少し緊張を覚える。


 なんせ、初・移転魔法体験。


 たいした心構えもできぬまま魔法陣に立つことになったが、こんな高位魔法、一般人は一生のうち一度も経験しないのが普通だろう。


 叔母のカタリナと護衛たちと父と土産の数々までを一度にカドゥーレまで運ぶだけの技を難なく繰り出せる人たちだと解ってはいるものの、不測の事態が起きないとも限らない。


 出発直前のネロの飛び入りと、パールの『おいていかないで』鳴きのおかげで、緊張もへったくれもなくなったけれど。



「大丈夫です。私がいます」


 シエルが背後から身をかがめてヘレナを両腕で抱きしめると、ハーンがこてんと首を傾けてコールへ尋ねた。


「・・・手、つなぎます?」


「・・・いえ、結構です。そもそも無理ですから」


 コールの両手はミカに渡されたバスケットと数々の荷物でふさがっている。


「ですよね」


 ふふっとハーンが笑った瞬間、すっと光と風が止まった。



「到着。うん、良い感じですね」



 気が付くと、コールの言ったようによく手入れされた樹木に囲まれていていた。


 収穫期を終えた果樹園はとても静かで、人目に付かない絶好の場所だ。



「わあ・・・。びっくりです。多少平衡感覚がどうにかなると思ったのに」


 屋根裏部屋の床に立っていた筈なのに、今は果樹園の枯草を踏みしめている。


 身体に負荷が全くかからなかっただけに、白昼夢を見ているような気になるが、現実なのだ。


「そこが、ハーンの魔法陣の凄い所なのです」


 シエルに褒められてハーンはふわっと笑みを浮かべた。


「では、行きましょうか。こちらです」


「あ、荷物お持ちしますよ。コール様」


「いえ、大丈夫です」


「ええー。僕、意外と力持ちですよ?下積み歴長いですから」


 ぴょんぴょんと跳ねるように歩きながら後を追う天才魔導士の背中を眺めながら、ヘレナたちも続く。





 果樹園を通り抜けると、柱や梁の木組みがむき出しに漆喰と煉瓦の壁がほどこされた棟をいくつか繋げた屋敷が見えた。


 最も屋根の高い大きな建物が主要棟らしく、コールはそこをめがけて歩いていたが、途中で下男に遭遇し、主人への取次ぎを願った。


 間もなく玄関扉より骨格のしっかりした背の高い初老の男が下男に導かれて駆け寄る。



「ウィリアム様・・・。ようこそいらっしゃいました」



 突然の訪問だったが、魔導士のローブをまとった男二人と一緒だったこともあり、聡い元家令とその屋敷の人々はすんなりと受け入れてくれた。


 すぐに邸内へ案内され、客室へ通される。



「叔父をずっと任せっぱなしの上にいきなり訪ねてきて、申し訳ない。ジョセフ」


 コールが謝ると、彼はゆっくりと首を振った。



「いえ。ここは辺鄙な場所なので事前にやり取りをするのも時間がかかりますから、どうかお気になさらず。我々は常にここにおります」



 忠誠心の厚い男の言葉に、コールは頭が下がる思いだ。



「紹介が遅れましたが、こちらの女性はリチャード・ゴドリー伯爵の妻のヘレナ様、そしてご友人に当たる魔導士庁の職員のサイモン・シエル様とリド・ハーン様です。お三方のご厚意で移転魔法を使わせていただき、こうして尋ねることができました」



「え・・・」



 ジョセフは目を見開く。


 すでに全員着席していたため、ヘレナたちはとりあえず軽く頭を下げるにとどまる。



 黒猫を抱えた十代前半にしか見えない庶民の着るようなワンピース姿の少女を提督伯爵の妻と紹介されても、にわかに信じがたいだろう。



「これは・・・。大変ご無礼いたしました。コール子爵家でむかし家令を務めておりました、ジョセフ・デヴォンでございます」



 しかしジョセフは顔色を変えてすぐに椅子から立ち上がり、しっかりと頭を下げた。



「どうか顔をお上げください。改めて初めまして、ジョセフ様。ヘレナ・リー・ストラザーンです。この度はこのような姿で一緒に押しかけ申し訳ありません」



「これは・・・。もしやストラザーン伯爵家の・・・」



 ウィリアムと叔父の生家コール子爵家は多くの使用人が置けるほどの財力があり、それを束ねてきたジョセフは家令として有能だったのだろう。



「先日、叔母の嫁ぎ先の養女になりまして。もともとは子爵家の者で父が爵位返上いたしましたし、見ての通り名ばかりの妻ですので、コール様の知人と遇して頂ければ助かります。それに、あくまでもおまけです。どうぞお二人のお話を進めてください」



 夜には戻るつもりで来たため、時間もあまりない。


 ヘレナが促すと、切り替えの早いジョセフは一礼し『では、お言葉に甘えます』と椅子に座りなおし、正面のコールを見つめた。



「ここでバーナード様をお預かりして数か月経ちますが、環境が変わったことが災いしたのか、症状は悪くなっていると思います。常にぼんやりしておられて、三度の食事も介護のものが促してようやく召し上がられる程度です。筋力が落ちることを懸念して、私共が交代で散歩へ連れ出すのでゆっくりと歩くことはできます。しかしほとんど言葉を口にされなくなりました。お方様の歳を考えるとにわかに信じられないのですが・・・」



 バーナード・コールはまだ四十代半ばだ。


 倒れたわけでもなく、ゆっくりと認知度が落ちていった。


 植民地からウィリアムが戻ってきた時はどこか上の空だったがまだ会話が成り立っており、執事としての仕事はぎりぎり保たれていた。


 甥として執事室と個人の部屋を覗いてようやく異常に気付き、長年の家臣だったジョセフに相談し、引継ぎもあまりできないまま送り込んだのが最後だ。



「・・・そうですか。実は重要書類に限って、執務室にないことが判明しました。権利関係が主で、諸所確認したところ書き換えられてはいない模様です。ならば、叔父がまだ正常なうちにどこかへ隠したのかもしれないと思い、少しでも何か聞き出せないかと・・・」



 不在の間に使用人の大半が入れ替わっていたこともジョセフには説明している。


 ウィリアムは執事としてまだ道半ばだ。


 リチャードの親であるゴドリー侯爵へ報告し指示を仰ぐことも考えたが、コンスタンスを正妻と遇していることを現在は隠している以上、時期尚早と考えた。


 これ以上、伯爵家に害を及ぼさないためにも家令の仕事を長年務めてきた彼に多くのことを教えてもらうほかない。



「魔導士庁のお二人に同行頂いたのも、そのためです」



 二人とも治癒魔法が使える。


 認知症は治癒できないが、書類の所在を聞き出す何らかの方法を編み出せるかもしれない。



「そうですか。・・・では、さっそくご案内いたしましょう。お会い頂くのが一番なので」



 顎に手をやり少し考えたジョセフは頷き、立ち上がる。



「今、コンサバトリーにて寛がれています」



 彼のあとに全員続いた。



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