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新入りの名はネロ



「まさか、牛まで飼うとは思わなかった」



 斧で枯れ木を適当な大きさに叩き切りながらクラークはぽそりと言う。



「ですよねえ。山羊がおそらくそろそろ出産するのでミルクはなんとか手に入るからかなり迷ったのですけど・・・」



 麻袋に落ち葉を詰めながらヘレナもごちる。



「いやいや、うちらはバターが大量に必要だからね!あっという間に消費されちゃうし」



 横からミカが元気にクラークに打ち返した。



「それは・・・まことに申し訳ない」



 ヘレナとミカだけなら大した消費量でないのだが、大柄な男が三人、見回りと連絡ついでに色々食べていくので、食材はあっという間に底をつく。



「いえ・・・。テリーもクリスもよく食べてますし。私は生活に張りがあって楽しいです」



 今日は休暇扱いのクラークが、食費がわりに別邸の北の先にある森での薪拾いと飼料用落ち葉の採取のために馬と荷車を出し、朝から労働を共にしている。



 先週、とうとう乳牛が一頭やってきた。



 産後少し経っているので、ひと冬の食卓を賄う程度しか搾乳できないかもしれないけれど、かなり貴重だ。


 裏門からこっそり連れこんだが、さすがに牛。


 ゴドリー邸でちょっとした騒ぎになったのは当然だろう。



 ちなみに、ヒルとラッセル商会はヘレナが迷っている間にとっとと飼育小屋と飼料保管庫を増設してしまった。


 正直、まだまだいける雰囲気が漂っている別邸裏口方面。


 彼らは、いったいヘレナとミカに何をさせるつもりなのだろう。



 そして。




「びゃーん」


「わふ」



 少し先の木の根元で呼ばれたので、ヘレナは麻袋を置いて駆けていく。



「・・・あらまあ」



 パールと黒猫が行儀よく並んで座っていた。



 彼らの足元には、程よく成長した食べごろのキノコ。


 早速折り畳みナイフで根元から切り取り、肩から斜め掛けしていた布バッグに入れた。



「ありがとう。助かるわ」



 二匹の頭を同時に撫でる。



 ぶおんぶおんと大きなブラシのような白い尾をせわしなく振るパールと・・・。




「ネロもおりこうさんね」



 黒猫の名前はネロという。



 生後半年程度のスリムな体をした雄猫で、真っ黒でつやつやとした毛並みと金色の瞳が美しい甘えっ子だ。


 乳牛と一緒にやってきて、あっという間に環境になじみ、パールと仲良くなった。




『深く考えないで大丈夫です。パールほどではないですからどうぞ気楽に』



 牛と猫の受け取りに立ち会ったハーンは、例によって極上の笑みを浮かべた。


 ハーンの微笑みと安請け合いほど真に受けてはならないことはない。


 じっくり聞いてみたら案の定だ。



『ええと、牛は東のはるか向こうの国の神の僕の血をちょっと?ほんのちょっとです。ほら、お肉を頂けなくなっては困りますからね』



 あの、無邪気百パーセントの笑顔と言ったら、もう。



『黒猫は北方のヤマネコと南の方の女神の・・・。まあ、食べないから牛に比べたらちょっと増し増し?あ、パールほどじゃないです。あちこち雑種の、どこにでもいる猫です』



 南国のとある国では、猫の姿の女神が存在するという。


 学生時代に少しだけその概要をかじったヘレナの中で不安が渦巻く。



『大丈夫。色々掛け合わせているうちに黒猫になって、どこから見ても普通の猫です』



 この言葉のどこに信用が。



『お願いですから、もう、これ以上改造生物は結構です・・・』



 ゴロゴロと喉を鳴らしてヘレナの膝の上で踊り狂う黒猫を撫でながら断りを入れたが、説得力ゼロだったらしく、満面の笑みを浮かべたハーンはこてりとかわいらしく頭を傾けてのたまった。



『そうですか?でも、ヘレナ様なら馬もユニコーンの交配種とかっていけそうな感じかなって・・・』



 いきもの魔改造がかりとはそろそろ真剣な話し合いが必要な気がする。





 とにかく。



 対面した時からなつきになつきまくっている女神の子孫猫を突き返すことができず、ネロと名付け、パールともども寝食を共にする生活が始まった。



 働き者のネロは、翌々日には捕獲したネズミを七匹、裏口のレモンの木の根元に綺麗に並べて得意気に鳴いた。



 うん。


 猫だ。


 猫らしい、猫だと思いたい。


 たとえ、キノコ狩りのできる猫だとしても。





「このキノコで今晩はフリットにしましょう」


 パールとネロは人間の食べ物はほぼ口にしないにもかかわらず、先ほどから確実に食せる食材を見つけてはこうして知らせてくれる。


 おかげで、晩御飯はいろいろと旬のもの盛りだくさんな食卓になりそうだ。





「やはりここでしたか」



 振り向くと、執事のコールがゆっくりと落ち葉を踏みしめながらやってきた。


 彼の背後には馬と荷馬車を少し離れた街道近くに停めているのが見えた。



「あれ、どうしたの、執事さん。珍しいね」



 ミカが薪をまとめる手を休めて尋ねる。


 本来なら彼は勤務中で、書類仕事に追われているはずだ。



「人手と荷馬車は多い方が良いかと思って」



 穏やかに笑うが、彼の怜悧な顔に疲れの色が浮かんでいる。


 誰よりも真面目な彼だからこそ、ミカの言う通りあり得ない行動だ。



「ちょうどよかった。休憩にしましょう。パンケーキの種を持ってきているから」



「え・・・?」



 コールが目を見開いた。



「お昼は軽くサンドイッチだったのですが、お茶の時間のお楽しみ用に朝から仕込んでおいたのです。程よい時間になっていると思います」



 ヘレナはクラークの運んでくれた荷馬車から荷物を降ろす。


 その間に、ミカとクラークが昼ごはんの時に使い休ませていた炉の火をおこした。


 積み重ねた枯れ枝と落ち葉があっという間に燃え、準備は万端になる。




「そば粉を使った素朴な味ですが、美味しいですよ。出来立ては絶品です」



 籠からスキレットを二つ取り出してヘレナはコールに笑いかけた。


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