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ご飯はしっかり食べるのが基本です


 労働のあとの食事は格別だ。



「今更だが、牛乳はどうしている?」



 いつもの食堂でサンドイッチと付け合わせの蒸しただけのジャガイモのバターのせ、端物野菜のコンソメスープを食べる。


 渡り鳥で作った燻製肉をスライスして挟んだものや、卵のオムレツ、山羊のチーズやポテトのサラダなど、どのサンドイッチもなかなかで三人とも夢中で舌鼓を打つ。



 ちなみにパールは人間よりも先に食べたため、玄関ホールの暖炉の前で昼寝中だ。



「ああ・・・。今のところ、ラッセル商会が定期的に運んでくれています」



 ヒルは見回りついでに昼と夜はほとんど食べに来て、手間代と材料費がわりになんらかの現物を持参してくれる。



 そうしているうちに、色々考えたのだろう。


 これからやってくる冬の越し方について。




「でも、牛を・・・一頭入れるか考え中です」



 雪が積もるとそう気楽に食材の配達ができなくなり、入手困難になるかもしれない。



「やはりそうか」



 頷きながら、ぽつりと言った。



「・・・家畜小屋、今のうちに増築するか?」



「あああ・・・。そうですよね・・・そこですよね」



 最初の構想では、山羊、鶏程度だったのだが、大きめに作ってくれたのでミカの馬が一頭常駐しても余裕だった。


 しかし、乳牛と子牛、そしてそれらの飼料貯蔵となると手狭になり、生育環境としてよろしくない。



「飼うなら、とっとと建てるぞ」



 もはや、牛を飼ったことがあるか否かなど尋ねたりはしない。


 なんとなく決定事項の匂いがする。



「ヒルさんは、毎食ほぼうちの料理を胃袋に突っ込んでいるからねえ。そりゃあ、死活問題だよね」



 ミカがにやにやと笑うと、ヒルは整った眉間にしわを寄せて答える。



「うまく説明できないんだが。うまいからたべたいのはもちろんだぞ。だがそれよりもなぜか、ここの料理を食べた後、身体が良く動くし頭がすっきりするから、つい・・・な」



「うーん・・・・。食材、のせいでしょうかね・・・」



 ヘレナの三倍の量を食べ終えつつあるヒルの皿を眺めて、糖蜜のタルトを積み重ねた皿を運んできて彼の前に置いた。


 棒で平たく伸ばしてマグカップで丸くくり抜いたペストリーの上にはちみつ、卵、生クリーム、レモン汁、そしてパン粉を温めて混ぜたフィリングを乗せてオーブンで焼いたもので結構甘く、疲れた身体にかなり効く。


ヘレナたちはこの甘いフィリングを通常より少なめに載せ、どちらかというと土台のクラフトのさくさく感を楽しむように作る。


 丸ごとのジャガイモにかぶりつきながら、タルトを映したヒルの赤茶色の瞳が一瞬きらりと輝いた。


 どうやら、好きらしい。



「つまりは、どういうことだ?」



 ヘレナに視線を当てたまま、ぺろりと指についたバターを舐める仕草が全く粗野に見えないのは、この鼻筋の通った顔立ちのせいだろうか。



「先日ハーン様達が白状したのですが、あの家畜小屋にいる子たち、ちょっと魔改造して『滋養が桁違い』だそうです」



「・・・なるほど」


 今更驚かない程度にはヒルもここの生活に染まっている。



「なのでもし、牛を飼いたいと言えば、間違いなく・・・」



 どこかから引っ張ってきた神獣か魔獣と掛け合わせた牝牛がやってくるに違いない。




「いいじゃん。一番バカスカ食ってるヒルさんが調子いいって言うなら別に」



 もうすでに食べ終えたミカがさくっとコーヒーを淹れ始めたので、深煎りの豆の香りが漂う。



「ミカ・・・」



 まさか、ミカが今までヒルたちが思春期の少年のように遠慮なく食い散らかしていることに意外と文句を言わなかったのは、胃袋で飼いならそうという叔母の策略などではなく、実験体的な理由だったのか。



「・・・とにかく、ついつい食べたくなるんだ。ウィリアムも首をかしげていたが、本邸の最高級の料理よりもここが良いのは、腕がいいからなのかそれとも・・・」



 貴族社会においての主人たちの料理は常に多めに作られ、必ず残る。


 そして、その残りを使用人たちが後で食べるのが通例。


 本邸の人々はおこぼれに預かり続けて舌が肥えているはずだ。



「ただの水すらここの方が良いと思ってしまうから、不思議なものだ」



「きっとラザノ夫妻のご尽力のたまものですね」



 シエルがラザノ夫妻の術符を駆使して、館及び柵に巡らせた野茨と門柱近くのイチイの大樹、あちこちに点在するレモンの木などで結界のようなものを作ってくれている。


 そのおかげで、邪悪なものが一切入らないようになっているとは説明されていたが、効果のほどはたまに掛かる挑戦者たちが茨に刺されて怪我をする程度で、今までたいして実感したことはなかった。


 知らず知らずのうちに守られているということか。



「あとは・・・。水に関してはここだけ湧き水由来だから・・・でしょうか」



 本邸と騎士団やほかの使用人棟などは同じ地下水を巡らせて使っている。


 ぽんと離れた別邸だけは後付けだったせいもあり、取水は別になっていた。


 もしかしたら、その湧き水がこの別邸建設の決め手だったのかもしれない。



「まあ、なんにしろ、ヒル卿のお口に合うなら、どうぞ召し上がってください。作り甲斐もありますし」



 見ているこちらが気持ちよくなる位、ヒルはどんどん平らげていく。


 大きな体を維持するには、やはり多く食べねばならないのだろう。




「そういや、ヘレナ。ハンスのおっさんは山岳修行に出したってのは母さんから聞いたけど、ジェームズ・スワロフってどうなったわけ?カタリナ様ならなんかすごい処分を下してそうだけど」



 たっぷりのコーヒーをそれぞれの前に配しながらミカが尋ねてくる。



「ああ・・・。あれね」


 受け取ったカップの中にミルクを一筋落として、ヘレナはため息をついた。




「シエル様たちも詳しくは教えてくれなかったのだけど。なんでも、『無限お仕置き部屋で毎日大絶賛勤労中』だそうよ」



 その言葉を口にしたシエルとハーンの顔には、なんとも背筋が凍る笑みが浮かんでいた。



 ヘレナに対して悪意がないのは分かっている。



 ただ。


 そばにいたパールが小刻みに震えていた。



 それだけで、説明を求めようなんて命知らずも良いところだとすべての疑問を飲み込んだ。




「無限・・・お仕置き部屋・・・。大絶賛勤労?」



 ヒルがおうむ返しに呟き、ミカも遠い目をする。



「詳しく聞きたい気もするけど、たぶん聞いたら駄目なヤツだね」



 あの、ハンス・ブライトンの紐男が働く日が来るなんて。


 いったい、どんな魔法を。



「どう考えても、シエル様たちが絡んでいるようだし・・・。怖いじゃないですか」



 あれは、覗いてはいけない深淵だ。



「まあ・・・。とりあえず、今後彼に売られる心配はないってことで、もう良いかな・・・?」



「ははは・・・。ソウダネ」



 珍しく、ミカが引きつった笑いを浮かべる。






  ハンスは山をのぼり、


  ジェームズは部屋に閉じ込められ。


  そして、だれも、いなくなった。


  ルル、ルル、ララ、ラララ。


  七人のおばかさん。


  仲良しこよし、あの世でもきっと・・・。





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