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乙女ハンスのトリセツ



「まず、カドゥーレという土地に行けたのは、我々としても素晴らしい体験で、カタリナ様には感謝しています」


 母ルイズの生家と又従姉のボル家はカドゥーレでも最も標高の高い場所にあるらしく、少し下の方の村の駐屯地に魔導士たちが瞬間移動の拠点を作ったそうだ。


 そして、叔母カタリナと父ハンス、護衛騎士数名と秘書官、そして転移魔法を施術するための高位魔導士たちが数名と大掛かりな移動となった。



 当初の予定よりも大所帯になったのは、貢物としての家畜たちも連れて行かねばならなかったせいもある。



 その魔導士枠の中には当然シエルとハーンがいて、彼らはボル家との対面にも立ち会ってくれた。



「なんと言っても、ボル家の皆様が本当に豪快で・・・」


「そうそう。とても素敵な方々でしたよ」


 二人は思い出し笑いをしながらも、飼料づくりの手は決して止めない。


 さすがは修道士歴が長いだけはあって堅実だ。



「まず、レニ・ボル様がなんともまあ、魅力的な方で」



「私のレティに雰囲気が似ていて・・・。ああ、そういや名前も似ているからかな」



 ハーンは言いながら、うっとりと頬を染める。



 さらっと伴侶のスカーレット・ラザノを愛称で口にし、さらに『私の』ときた。


 惚気ているんだか、天然なんだか、時々わからなくなる。


 両方なのか。



「ラザノ様に似ているとなると、女傑、ということでしょうか」



「そうですね。体格で言うとハンス様より縦にも横にも大きかったと思います。よく鍛えられていて戦士の風格すらありますが、『ただの羊飼いだ』とおっしゃっていました。ああ口調も考えたらラザノ様に似ておられる」



 父より少し年上のレニには現在、二十七歳を筆頭に八歳まで五人の息子がおり、もちろん同居して家業を営んでいるため、一緒に出迎えてくれた。


 そして、父を引き渡すときに叔母は『ハンス・ブライトン取扱説明書』という冊子をボル家に差し出したそうだ。


 そこには、ブライトン家のざっくりした解説、ハンスの経歴、事ここに至るまでの事情を事細かに記されていた。



「もう、すごかったです・・・。ボル家の大人の方々が、回し読みしながら大爆笑で・・・」



 カタリナ監修、情報ギルドとラッセル商会渾身の一冊で、あまりの出来栄えに控えがいくつか彼らの元に存在しているそうだ。



「大爆笑?」



 女傑レニと二人の成人済みの息子たちは一通り目を通すなり、



『すごい、祭の歌劇より面白い』


『いや、うちの集落も色々あるけど、これには負けるな』



 と腹を抱えてげらげら笑った。



 そして笑いに笑って落ち着くと、「まあ、うちのかあさんも『カドゥーレで一番男運のない女』と言われているけれど、ハンスさんもなかなかだね」と長男が締めくくったそうだ。



 レニの子どもたちはほぼ異父兄弟らしく、まあ、人生いろいろあるのだろう。



 そして、彼らはストラザーンが運び込んだ物資で重い物を連れてきた三頭のロバの背にくくりつけ、それ以外は背負子でかつぎ、魔改造ヤギたちを縄でつないで追い立てながら、駐屯地を出た。



 もちろんハンスも、ボル家とロバたちの最後尾で八歳の末っ子と彼の犬二匹に導かれながらとぼとぼ歩く。



 山歩きが、彼に与えられた最初の課題だった。



 背中に魔改造鶏の入った籠を背負った少年に飴と鞭をくらいながらなんとかボル家にたどり着いたと、のちに長男から魔晶石電信がカタリナの執事の元に入ったそうだ。



「いきなり山登りとは、修行ですね」



 それにしても、ボル家の人々は懐が深い上に頭がきれる。



 八歳の少年が簡素な靴で軽々と山道を歩き、そばで牧羊犬が護衛のようにぴったりついていたなら、我が儘の一つもこぼせはしなかっただろう。


 そもそも、帝都でろくに歩いていないハンスがよく最後まで歩ききったものだ。




「そういや、取扱説明書の一ページ目に『乙女・ハンス』とだけ書いてあったそうです」



「ふっ・・・」



 さらりとシエルは言うが、ヘレナは思いっきり吹いた。



「それは・・・。爆笑するでしょうね」



 煮え湯を飲まされ続けたカタリナとその配下の皆々様の思いの深さが知れる。




「ボル家のみなさまに、後日、お手紙とお礼の品を少し送りたいのですが、お願いできますか」


「もちろんです」


 シエルとハーンが優しく笑ってうなずく。



 父との関係はうまくいかず、貧乏にあえいだこともある。



 でも。


 ストラザーンもボルも温かい人ばかりで、魔導士の二人もラッセル商会の人々も親切だ。




「私は、恵まれていますね」




 ヘレナは目をつぶり、大きく息を吸い込んだ。


 晩秋の空気は澄んでいて、なんと美味しいことだろう。



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