神獣一滴、魔改造家畜
「・・・前から思っていたのだけど・・・」
さく、さく、さく・・・。
野茨の小枝をナイフでそぎ切りし膝前に置いた大盥に落としながら、ヘレナはぽつりと言った。
「あの子たち、なんか混じっていますよね?」
めええー、えええーと別々の場所に繋がれた山羊たちが互いに鳴き交わし、鶏たちも好き勝手に闊歩する。
「ははは・・・。さすが、ヘレナ様はいつでも鋭いなあ」
盥をはさんで向かいに座って、同じく小枝をそぎ切りにしているリド・ハーンが薄金色でふわふわの髪を揺らしながら笑った。
「いやもう、わからいでかって・・・」
『普通の』山羊と鶏だとラッセル商会の面々は言っていたが。
確かに、見た目は普通なのだが。
何かが違うと、世話をするたびに感じるのだ。
まず『普通の山羊』ならおそらく、毒性のあるイチイの落ち葉を進んでむしゃむしゃほおばったりしない。
個体差と言えばそこまでだが、ブライトンで飼っていた山羊たちはそうだった。
それに加えて、そもそもここの野茨とイチイは魔改造植物。
なら、食す彼らも魔改造家畜と思うのは当たり前ではないか。
「テリーの嘘つき・・・」
ヘレナはむうっと口をとがらせ、ゆるい作業着で胡坐をかいて座る自分の太ももにぴたりとくっついてうたた寝するパールを見やる。
この子も、規格外の雑種犬。
ちなみに、彼女はあっという間に白くつやつやの毛並みにオオカミのように細長い鼻筋と口の美犬に育ち、大きさに至っては山羊たちをとっくに追い越し、成長の速さからそのうちヘレナを背中に乗せられるようになるのではないかと思う。
時々、所用を装って周囲を徘徊する本邸の使用人たちが、パールを一目見るなりぎょっとした顔をして逃げ出す。
おかげで最近の暮らしは平和なもので、引き取ってまだ二か月にも満たないのに予想以上の番犬ぶりだ。
「普通って、なんだろうな・・・」
だんだん基準が分からなくなってきた。
「限りなく、普通です・・・ええと、普通に寄せてる?」
なぜか疑問形で結び、身長のわりに小さな頭をこてんと傾けてハーンが無邪気な笑みを浮かべるが、頼むから、それを自分に向けないでほしい。
眩し過ぎて手元が狂いそうになる。
・・・というか、ごまかそうとしているのがアリアリだ。
「・・・まあ、バレたなら仕方ないでしょう、リド」
ハーンの隣で同じように手を動かすサイモン・シエルが苦笑する。
今日は風があまりなく日差しも暖かで、絶好の飼料作り日和だ。
玄関側の日当たりが良い表側の地面にラグを敷いてその中心に大盥を置き、それを三人と一匹が囲んでいる。
「ざっくり言いますと、一滴ほど・・・。神獣の血が混じっています」
「出た・・・。今度は神獣ですか」
はあああーとヘレナは肩を落とす。
「パールが魔獣系で山羊と鶏が神獣系って、対極ですよね。そのうち戦いが始まったりしないのですか」
「大丈夫です。そもそも神も魔も超越している者同士で、根本は同じですから。それに、ほんのちょっと、強い子になっているだけです」
なぜだろう。
シエルが言葉を重ねれば重ねるほど、その一滴が油断ならないものに聞こえてくるのは。
「強い子」
「はい。病気に強いとか、逃げ足が速いとか、滋養がちょっと桁違いとか・・・」
「ちょっと、桁違い」
「あ、大丈夫大丈夫。金の卵は絶対産まないように改良されています。欲に駆られた人間たちの殺し合いが始まりますからね」
神獣の鶏は、卵の殻が金だというおとぎ話を聞いたことはあったが、あれは本当だったのか。
「まさか、山羊は、トロルを殺せるほどの戦闘能力があるとか・・・」
「大丈夫。それはないです。まあ、肉食獣に簡単に捕まらないくらいで」
脚力に特化していて、オオカミやキツネ程度なら蹴り殺せるらしい。
その身体能力は、いま、ここで必要なの?
ヘレナは頭痛を覚えた。
「ええと・・・、あの。神獣なら屠殺できませんよね?」
本来の目的は食用だった。
しかし、神獣ともなるとさすがに屠ると罰が下るのではないだろうか。
「大丈夫です。たった一滴。お許しいただけます」
『大丈夫、大丈夫』とひたすら繰り返す魔導士二人組。
彼らはペテン師のように怪しさ満載の満面の笑みを浮かべている。
それがまた、けた外れの美貌ゆえにとんでもない圧を感じた。
ますます、信用ならない。
「要するにこれも、研究の一環ですか?」
「そうとも言えますが・・・。山羊の強さうんぬんについては、カドゥーレのみなさんのほうがきっと面白い話を寄せてくれそうな気がします」
「ああ・・・。なるほど」
「はい。お金よりも喜んでくださいました」
叔母は先日、父に処罰を下した。
カドゥーレの母の生家で家畜を育てながら暮らせと言い、シエルとハーンが魔導士庁の瞬間転移魔法を使っていきなり現地へ送り込んだらしい。
没落しても骨の髄まで貴族だった父は庶民の暮らしに必要な事が何一つできない。
さすがに衣類の着替えはできるが、その程度だ。
それをレニ・ボルという母の又従姉とその子どもたちが徹底的に叩き込んでくれるとのことで、迷惑料及び報酬を一部支払った。
「金はあっても困りませんが、今から冬を越すあちらとしては物資の方が何かと必要ですからね」
そのようなわけで。
父は、神獣一滴魔改造家畜とともにカドゥーレへ送り込まれた。
「お二人には、お手数おかけして申し訳ありませんでした」
「いえいえ、なんの。お気になさらないでください」
父に引導を渡すときも、彼らが立ち会ってくれたらしい。
実子の自分たちが本当はやるべきことだったが、どうしても会おうという気持ちになれなかった。
「それに、あの父を引き受けてくださったボル家の皆さんには、本当に頭が下がります」
「ははは。まあ、なかなか、面白いご家庭でしたよ?」
シエルとハーンは顔を見合わせて笑った。




