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【閑話】カタリナの仕置き⑩ ~アザレア・フォサーリ~


「まずは、墓地の件からね。スワロフの言った通り、葬儀の四日目の朝にヘレナたちが異変に気付いて私に連絡してきたの。即刻掘り返して確認したら、貧しい民のための安い棺が空の状態で収まっていたわ。その後長い間遺体を探したけれど、見つからなかった」


「そんな・・・」


 他人事のような淡々とした説明に、ハンスは怒りを覚えた。



「どうして・・・どうして、お前たちは俺に言わなかった。空の墓を俺が訪ねるのを、ジェームズたちのように陰で笑ってみていたのか」



「ちがうわ。遺骸はないけれど、遺髪をヘレナが墓石の下の奥深くに埋めたから、墓にはかわりないでしょう。実際、ヘレナたちはそのつもりで毎月墓に通って花を飾っていたわ」



「遺髪?」



「ルイズ様はどうやらそうなることを予感していたようで、髪と爪を箱に詰めてヘレナに預けていたの。今はストラザーンで保管している」



「予感だなんて、ルイズ・・・そんな・・・」


「最悪の場合を想定していたんじゃない?残念ながらビンゴだったわね」



 そしてカタリナは侍女に何か長い紐のついた物を渡し、それをハンスのそばまで持って行かせた。



「どうぞ」



 侍女が両手で捧げ持ち、ハンスに差し出す。



 長い紐は青みを帯びた灰色と黒で編まれていた。


 紐の先に艶のある真っ黒な織に小さな水色の花が刺繍されていた小さな袋が縫い付けられていている。


 首から下げるかベルトに固定するか。


 身につけるものということだろう。



「これは・・・」



 受け取ってマーサという侍女に問うと、彼女は頭を軽く下げて答えた。



「この中に、ルイズ様の遺髪が入っているそうです」



「・・・っ!」



「明日にはこの帝都を離れてもらう。ブライトンに仕掛けられた罠の全容がまだわからないから、ストラザーンとも縁のない土地へね。これからもう墓参りができなくなるから、ヘレナが形見分けしてくれたのよ」



「・・・ヘレナ、が・・・?」



 おもわず、受け取ったそれをテーブルの上にぽとりと落とし、手を引っ込めた。



 その名を聞くたびに、どうしても構えてしまう。


 丁寧に作られたその黒い袋がとても禍々しく見えた。


 たとえ妻の遺髪が入っているとしても、触れたくない。



 だって。


 あの・・・。




「あの、『忌み子』が作った袋なんて触りたくない?」



 テーブルの向こうからカタリナがぽつりと尋ねた。



「・・・」



 口をつぐんだまま固まると、妹はテーブルに頬杖をつき、高い声色を使って喋り出す。



「『おまえ、いみごなんだって?』、『しんじゃえ』『いなくなったほうがよのなかのためだって』」



「は?」



「わたしの中の、あなたの最初の記憶よ。あなたがミカエルに殺されかけた年かな?夏の湖畔のピクニックであなたそう言って私を突き飛ばしたわよ」



 そして、尻もちをついたカタリナを得意気に見下ろし、『アザーリ!!わるもの、やっつけたよ』と、日傘をさして一部始終を眺めていたであろう母の元へ駆け寄った。


 母は、そんなハンスの頭を愛おし気に撫で、手を引いてその場を去った。


 草原の真ん中に座り込んだ三歳児を置き去りにして。



「クソ親子ってはらわた煮えくりかえったから、鮮明に覚えているのよねえ、今でも」



「・・・おれは・・・おぼえて・・・いない」



「そうでしょうとも。加害者って覚えていないものよ。ささいなことだから」



 とんとんとんと、テーブルを指で叩いて、続けた。



「ねえ、ハンス。不思議に思ったことない?アザレア・フォサーリは侯爵家の嫡子なのに、妾腹の妹とセットで格下のブライトン子爵家へ売り飛ばされたなんて。いくら金に困っていたとはいえ、侯爵家なら幼いうちに許婚がいてもおかしくない家格なのに」



「それは・・・」



 尋ねたことはある。


 すると、とたんに機嫌が悪くなり無視されるようになったため、二度と口にしなかった。



「侯爵令嬢アザレア・フォサーリは全く魔力がなかった。別に高位貴族の令嬢は職に就かないから問題ないのだけれど、それを理由に縁遠かったみたいね」



 実際、最初の子どもであるハンスは魔力なしだった。


 ブライトン子爵家は全員微弱程度しか所持しておらずほとんど活用したことがなかったため、アザレアが責められることはなかった。


 しかし。



「母はね。私がけっこうな魔力持ちだから、気に入らなかったのよ」



「・・・え?お前は魔力持ちだったのか」



 今更の問いに、カタリナは爆笑した。



「あはははは。本当に知らなかったの?そうじゃないかとは思っていたけれど、あなた、本当に私に関心なかったのね」


「・・・っ。だって、俺とお前はほとんど一緒に暮らしたことがないから・・・」



 幼いころ、ハンスはアザレアが、カタリナは祖父母に育てられた。


 王宮行事や一族の集まりごとなどくらいしか会ったことがなく、十歳くらいから母と帝都で同じ敷地に定住を始めたが別棟だった。



「そうね。実は水と風が主で、攻撃魔法が得意よ。本格的に使えるようになったのは、ストラザーンへ嫁ぐことが決まって辺境伯の養女になった頃からだけど」



 これもまた、南部貴族独特の考えだ。


 魔術を操るのははしたないことで、淑女教育以外学んではならなかった。


 令嬢は夫や家臣に守られてこそ価値がある。


 着飾り、男に愛でられるのがたしなみで、庇護欲をそそる女であれと教えられた。



「本当は、あの性格の悪さが災いして嫁ぎ先がなかったことを、認めたくなかったのよ、アザレア様は」



 血のつながった幼い娘をドレスで吹き飛ばしたり、息子にいじめさせたりする女だ。


 おそらく、幼いころからそうとう評判は悪かっただろう。



「まったく、大した暗示をかけてくれたものね。アザレア・フォサーリ」



 持たざる者の嫉妬と、未知への恐れと、迷信を。


 そのままそっくり息子の脳に植え付けた。


 とんでもない置き土産をしてくれたものだ。




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