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【閑話】カタリナの仕置き⑧ ~プロメ・テウス~



「もう一つ。ついでに教えておくわね」


 残酷な女は微笑みを浮かべて続きを口にした。



「あなた方は死の床のルイズを好きにしたつもりになって、良い思い出にしていたようだけど、それは昏倒している間に見た夢で、現実ではないわ。彼女は髪一筋でさえ汚されなかった」



「・・・どういうことだ」



「先日ヘレナが教えてくれたの。ルイズは闇魔法を使ってあなた方を朝までぐっすり眠らせ、『願望通りの夢を見せる』術をかけたのよ」



「そんなバカな。部屋には痕跡がたくさん・・・」


 しびれが治まってようやく自由が利いてきた身体を起こして、ジェームズは反駁するが、カタリナの表情は変わらない。


「あれは・・・どう考えても現実だった」


 あの朝、廊下で使用人たちが走り回り、別室でハンスが叫んでいる声を聞いて目を覚ますと、マイクもデイビッドも自分も、広い寝台にばらばらに寝転がり、シーツの上には情事の痕跡が散っていた。


 たしかに、偽装のためにハンスと一緒に酒を飲んだせいか、確かに夜通しすべての記憶はない。


 しかし、触れた感覚が脳に残っているのだ。


 子どものように細い身体、肩で切りそろえられた黒髪から覗くうなじに嚙みついた。


 弱々しい悲鳴も、屈辱の涙に濡れた顔もはっきりと覚えている。




「それについては私が説明しましょう」


 鼠色の頭の男が割って入った。



「ルイズ・ブライトン夫人は寒村の出身で専門知識を学んだことはありません。

 しかし、そこで伝えられる高度な魔術を習得されていて、そのうちの三つを駆使してあなたたちの企みから逃れました。

 まず最初に媚薬を口にしてあなた方が油断した瞬間に時を止め、薬を吐き出した。

 次に強力な睡眠魔法をかけ、あなた方の計画通りに事が運んだ夢を見せた。

 そして、目覚めた時にそれが真実だと思い込む術をかけたのです」



 魔導士の淡々とした説明に破綻はない。


 彼の言いたいことはすんなりと理解できた。



「いやしかし・・・」



 納得がいかない。


 どんなことをしたのか、克明に覚えているのに。


 夢というには生々しすぎた。



「あなた方、細部までの答え合わせはしていませんよね?」


「それは・・・」



 何度か、あの時は楽しかったな、と笑いあったが、多少つじつまが合わなくても自分以外の二人が酔っていたからだと思い込んでいた。



「『痕跡』はですね。恐らくですが、夢を見ている最中のあなたたちの身体が反応したからだと思います。

 多少、夢遊病のように動いたかもしれませんね。

 術をかけ終えた夫人が這って部屋を出てヘレナ様の部屋へ逃げ込んだ時、『夜が明けるまで絶対に寝室へ行ってはならない』と言って倒れたそうです。

 もし部屋に足を踏み入れたら惨状を目にする、もしくは巻き込まれる可能性があったからでしょう」



「なん・・・っ!あの女・・・」



 想像するだけで全身の血が沸騰しそうになる。


 一杯食わされた。


 あんな、地味で、不細工で、平民同然の女に。



「あなたの言う『いい思い』?は、確かにしたでしょう。死の直前に、達成感ならば彼女の中にあったと思います。残り少ない時間と力を使って、めいいっぱい抵抗して、貞操を守り抜いたという点においては」



「ちくしょう!クソがっ!」


 怒りのあまり、頭を掻きむしる。



「ちくしょう、ちくしょう、馬鹿にしやがって!!」


 怒りで、身体が破裂しそうだ。



「・・・未遂だったことくらいで、どうしてそんなに悔しいのかしら。理解できないわ」


 冷ややかな声を、荒い息の下で聞いた。



「知るか・・・・。ただ無性に腹が立つのさ・・・」


「そんなに、おともだちと一緒に楽しみたかったの?」


「ああ、そうさ。あの女を文字通り昇天させてやるつもりだったのに」



 ハンスでは得られない快楽を身体に教え込んであの世に送ってやるつもりだったのに。


 邪魔されたことが悔しくてたまらない。




「ふうん・・・。そう。やっぱり私の見解は間違っていないってことね」



 壁に寄りかかって魔導士とジェームズの会話を静観していたカタリナは、ぽつりとつぶやいた。



「見解?なんだそれは」



「私、前々から思っていたの」



 彼女はにいいっと口角を上げ、企みに目を輝かせている。




「強姦や輪姦が好きな男は、実は自分がそうされたくて仕方ない・・・つまり、憧れているのではないかと」




「は?」



「だって、獣のように雑に扱われたり、たくさんの人に同時に抱かれるのがこの上ないご褒美だとあなたずっと言っているじゃない?それって経験したわけじゃないのよね。される側を」



「当たり前だ!!気持ち悪いことを言うな!!」



 詰め寄ろうとして、一瞬首輪がぎりりと狭まるのを感じ、血の気が引く。


 金属のはずなのに、確実に形が変わった。


 魔獣の首輪というのは本当なのか。


 ジェームズは、己の衝動を何とか抑えこむ。



「あらあ、そうかしら。ぴったりな仕事だと思うのよね」



 つい、とカタリナの長い指がジェームズの左の足首を指さす。


 そういえば、足首にも金属を嵌められたのだった。


 ベッドの上で体勢を変えて覗き込んで息をのんだ。



「これは・・・」



 己の足に装着されているのは、中年男には不似合いなほど装飾を施された金色の華奢な足輪。



「あなた、さんざん見たことあるわよね。それ」



 娼館へいくと必ず見る物。


 娼婦のしるしの足輪。



 これを嵌めていれば多少の外出はできる代わりに、逃げ出したら追跡され、外そうとすれば様々な仕掛けが起動し、時には死に至る。



「女たちを抱いて金を返せというのか」


「やあねえ。それじゃあ罰にならないでしょ」


「なら・・・」



「花街には別の商売があるわよね。例えば、男性が好きな男性のための館とか」



「・・・なっ!」



 男娼に、なれと。


 この女は、正気か?



「俺はもうこんななりだぞ。客なんかつくはずもない」



 普通は十代から二十代の女のような見た目の男たちが男娼になるものだろう。


 四十になったジェームズに食指がわくはずもない。



「あら。あなたって意外と世間知らずだったのね?安心して頂戴。熟した男って大人気だそうよ。その足輪の娼館の支配人が大喜びしていたわ」



「いや、待て、カタリナ・・・」



「二十五億ギリア」



 ぱしんと冷たい声が床に落ちる。



「あなたがブライトンから吸い上げ続けたお金を、身体で稼いで払ってもらうことにしたの」



「正気じゃない・・・。そんなの無理だ」


 高級娼婦ですら、王侯貴族が客についたとしてもそんな額は稼げない。


「それはあなたの腕次第。良い客が付けばなんとかなるかもよ」


「そんな・・・そんなこと、誰がするか!!いっそのこと、殺せ。今すぐ殺せよ!まどろっこしい嫌がらせなど無用だ」


「何甘ったれたこと言ってるの。それを決める権利は、さんざん煮え湯を飲まされ続けたこちらにあるわ。あなたには、寿命が尽きるまで生きてもらう」



 カタリナが合図をすると、身体が細い方の魔導士が何事か呪文を唱えた。


 すると、親指の爪ほどのガラスの球体が四つ、彼の手のひらの上に現れ、くるくると回る。


 ちいさな球体はちかちかと光りながら様々な色に変わり、魔導士の細くて長い指を照らし、まるで意思のある生き物のように見えた。




「この男の名はジェームズ・デュ・スワロフ。寿命が尽きるその時まで、彼を見守り、元の姿へ戻せ」




 不思議なことに、貧相な容姿の魔導士は声が透き通っていて、耳に心地よかった。


 思わず聞きほれているうちに、球体はくるくると回りながら天井ぎりぎりまで一気に上昇し、ぱあ・・・っと白い光を放ったあと、いきなりジェームズめがけて急降下した。



「うわあああっ」



 思わず目をつぶり頭を抱えてベッドの上で丸くなる。


 しかし、何も起こらなかった。



「・・・?」


 おそるおそる目を開き、顔を上げる。


「・・・いったい、なにが・・・」


 四つの玉が己を射貫くのだと思っていた。


 だが、ストラザーン夫妻と魔導士たちは至って冷静にジェームズを見下ろしている。



「術は完了です。スワロフ男爵。前歯が戻りましたね」



 魔導士が折れそうな首を傾け覗き込んできた。


「・・・はっ」



 言われて口に指をあてると、拷問で折れたはずの前歯もハンスに蹴られてさらに抜けた奥歯も折れ鼻も元に戻っていた。



 最初の魔導士はジェームズか生きるための必要最低限の治癒魔法しかかけてくれなかったため、全身の痛みはそのままだった。


 しかし、今は違う。


 ほぼ、捕らえられる前の状態になったと思う。



「再生・・・されたのか」



「ええ。あまりにもみすぼらしいとさすがに底辺の客しかつかないし、ずっときちんとお勤めしてもらうためにも、彼に修復機能を付けてもらったの」


「つけてもらった?あの球体は何だったんだ」



「あなたの目には見えないけれど、あれは監視の装置よ。男娼の生活に慣れれば、あなたはきっと悪さをしようとする」


「ぐ・・・っ」



 図星だった。


 売られるなら、その客を通して誰かの伝手を手に入れて・・・。


 この境遇に落とした全ての人間に復讐するつもりになっていた。



「娼館の支配人との契約で、あなたを実験台にして魔道具を試す取り決めをしたの。

 首輪、足輪、監視装置に治癒機能。あなたが生きている間、その性能の点検と改良を繰り返す。

 あなたがどんな悪知恵を働かせるか、楽しみにしているわ。

 それを封じようとすることによって、精度も上がっていくのだから。

 私は優しいからその仕事の報酬を五億ギリアとして借金から差し引いてあげる。」



「なんだ、それは・・・」


 なんてあこぎな女だろう。



「ねえ、ジェームズ。グリーシア国に伝わる、禁忌に触れて罰せられた神の話を知っているかしら」



 いきなり話題を変えたカタリナの意図が分からず、ジェームズは眉を顰める。



「岩に繋がれたまま、ずっと毎日獣に食べられ続ける男神の話よ」




 古い、言い伝えだ。



 ある男神が神の法を破って人間に情けをかけた。


 その禁忌は人間に知恵を与え、恩恵となった。


 しかし、神の世界においては大罪。


 彼は岩に鎖で繋がれ野ざらしに処された。


 すると毎日猛禽が飛んできて、彼の心臓を食い破るようになった。


 だが、神の身のままの男はどれほどの耐えきれない痛みを受けても、死ぬことはない。


 しばらくたてばまた元の身体に再生してしまう。


 そうしたらまた猛禽たちが彼を食べに来る。


 毎日毎日、食べられては再生する。


 永遠に繰り返す死と再生。


 それが、彼に課された罰だった。




「まさか・・・」


「そうよ。例えば客がどれほど手荒に扱ったとしても、ある一定の時間になったら、術によって自動再生するの。何事もなかったかのように」



 言わんとすることが、ようやく飲み込めた。


 『寿命が尽きるその時まで、彼を見守り、元の姿へ戻せ』と、あの細い男が唱えた。


 その後に、折れた歯も骨も綺麗に治った。


 それはつまり。



「あなたは、害にしかならない男だけど、これから役に立ってもらう」



 監視。


 実験台。


 五億ギリアの価値があると言い切った。


 それは、掛け値なしの真実で。



「心も、身体も、どんなに壊されても、翌朝には元に戻る。それは便利なように見えて、これ以上ない地獄だと、私は知っているわ。・・・だから」



 澄んだ青い瞳が暗く染まる。



「神があなたに定めた日が来るまで。何度でも生き返るがいいわ」



 ほかの誰が許しても、私だけは許さない。


 お前だけは絶対に。




「毎日死んで、毎日生き返って、償いなさい」




 その罪は、消えない。


 永遠に。


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