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【閑話】カタリナの仕置き③ ~再会~



 かわいいハリ。


 すてきなハリ。


 いとしい子。


 はちみつのような睫毛とサファイアブルーの瞳。


 磁器のようにきめ細かくて滑らかな白い肌、バラ色の唇。


 食べちゃいたくなる、柔らかな頬。


 あなたは世界一愛らしい、私のお人形さん。





「『アザーリのお人形さん』か・・・」



 ここに閉じ込められてから一か月。


 何度も何度も考えた。


 いろいろなことを思い出した。


 しかし、あちこちに考えが行くばかりで何もまとまらない。



 妹に命じられるままにたくさん書かされた書類。


 内容を意識したのは最初の三枚だけ。


 あとは、何も考えず従った。



 借金を踏み倒したデイビッドはどうなったのだろう。


 拘束したはずのジェームズも、それきり一度も会っていない。



 数日おきに様子を見に来る秘書官の一人が、生活用品を手渡すついでに近況を簡単に教えてくれた。


 子供たちはつつがなくストラザーン伯爵の養子になり、クリスは妹家族と一緒に暮らし今まで通りに学校へ通っていること。


 そして、ヘレナはゴドリー邸で軟禁に近い状態で、冷遇されているのをカタリナが交渉して改善させているが、ままならないこと。


 屋敷の家財道具はクリス立会いの下処分し、必要と思われるものだけストラザーンで保管することにしたこと。



 もともと自分は事業を取り仕切るのに向いておらず、父の死後にどんどん財産が目減りしたが、妻が亡くなってから酒におぼれ、仕事を失い、気が付いたら家の中はガラガラになっていた。


 両親や妻の遺品で金銭価値のあるものは何一つ残っていない。


 ブライトン家で代々受け継がれたものも、いつの間にかなくなっていた。



 五年間。


 自分が何をしていたのか、あまり覚えていない。


 あっという間に過ぎた。



 子どもたちも、いつの間に十七歳と十五歳になったのだろう。



 特に長女はいつまでも身体が成長しないのが気味悪かった。


 小さな顔、細い胴と棒のような手足。


 闇のような黒髪。



 重い病にかかり寝たきりになった妻の治療のために迎え入れたまじない師は、どういうわけか詐欺師だった。



 ヘレナのせいで家が傾いたというのは、彼女を売って金を手に入れるための嘘だったとはカタリナたちから聞いた。


 妻に飲ませていた聖水も、ただの液体だったという。


 知った時には呆然とした。


 俺は、なんてことを。



 それでも、あの薄水色の瞳の中に宿る射るような強い光に禍々しさを感じ、つい顔をそむけてしまう。


 やはりあの子は悪しきものなのではないか。


 その証拠に妻はあの子のベッドで死んだではないか。


 だから、実を言うと金に換えることにあまり罪悪感がわかなかった。


 クリスと自分が生き残ればいいのではないか。


 自分は悪くない。


 悪しきものを追い払えば、またブライトンは栄える。



 そう思う自分がいた。



 悪いことは・・・なにも・・・何もしていない。


 あれのせいで、俺は。





 ふいに、扉を叩く音がした。


「どうぞ」


「失礼します」


 いつもの秘書官が姿を現した。


「伯爵夫妻がお呼びです。今からご同行願えますか」


「はい」


 言われるままに彼のあとに続いた。


 しかしあの時の部屋へ行くのかと思いきや、階段を下り、地下へたどり着く。



「こちらです。お入りください」



 騎士二人が扉を開けて入室を促す。


 中へ入ると、粗末なテーブルを前にうつむいて椅子に腰かける男が目に入る。



「ジェームズ・・・」



 髪もひげも伸び放題で、薄汚れていた。


 しかも、後ろ手に縛られている。



「え・・・」


 周囲を見回すと、妹夫婦と先日の立会人たち、それとローブ姿の見知らぬ男が二人いた。



「よう、ハンス。お前は小綺麗にしているじゃないか。ったく、身内は贔屓かよ」



 笑って開けた口には前歯がいくつかない。


 顔も色々な色のあざのあとがある。



 これは・・・。


 まさか、この一月もの間、ジェームズを捕らえてずっと拷問していたのか。


 なんてことを。


 かっと頭に血が上った。



「これは、どういうことだ、カタリナ!ジェームズに何をした、傷だらけじゃないか。これは暴行罪で訴えられても文句は言えない・・・」


 思わず駆け寄ろうとしたが、騎士たちに両側から腕を取られ留め置かれた。


 カタリナをにらみつけて責めようとすると、ぶほっとジェームズが吹き出した。



「アハッ!あはははははっ!そうきたか、お人好しのハンス!笑える・・・っははは、ははははは・・・・」


 身体を前に倒し、テーブルに額を何度もぶつけながらジェームズは狂ったように笑う。



「じ、ジェームズ・・・。大丈夫か。すぐに医者と魔導士に診てもらおう。すまない、妹がそんなことをしているなんて、俺は知らなかったんだ・・・」



「はは・・・ははははは。カタリナ夫人よう、どうするよ。このバカ兄貴。俺のことが好きで好きでたまらないらしいぜ・・・。はははっ、ふふっ、くくく・・・」


 彼の口からよだれが流れ落ちる。


 手を後ろに固定されているせいで拭うこともできない。


 仲間の中で最ももてはやされたジェームズが。



「ほんとにね。あきれてものが言えないわ。これのどこがいいんだか」


 カタリナは両手を腰に当てて睥睨する。



「カタリナ・・・。こんなことをしてはいけない。縄を解くんだ。エドウィン。妻が間違った時に正すのは夫の勤めだろう?君たちも・・・・」



 常識を説いているのに、妹の夫は口を真一文字に結んで応えようとしない。


 ほかの男たちも、沈黙を貫いた。


 地下特有の湿って冷たい空気で満ちているなか、ジェームズがのどを鳴らして笑う声だけが響く。


 いったい、何が起きているのだ。



「・・・・うぜえ・・・」


「え?」




「うぜえうぜえうぜえうぜぇ!!お前のそういういい子ちゃんなところ、反吐が出るんだよ!」



 獣が叫んでいる。


 今まで見たことのない、醜悪な顔で。





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