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【閑話】カタリナの仕置き② ~本命~


 

 妹は一人ではなかった。



 彼女の傍らには、夫であるエドウィン・ストラザーン伯爵。


 そして複数の騎士、それに行政官や秘書たちと大勢の男たちがいた。


 彼らに引っ立てられるようにして連れられて行った部屋には簡単なテーブルセットがあり、そこに座らされ、いくつかの書類にサインをさせられた。


 まず最初に提示されたのは子供たちの親権放棄と離縁状、そして爵位返納届。



「これは・・・。どういうことだ・・・」



 書類を前に呆然と呟いた。



「決まっているでしょう。あなたがもう二度と、ヘレナとクリスを売り飛ばさないように・・・よ」



 向かいに座るのは、妹、そしてその夫。


「なっ・・・っ。そんな・・・」


「そんなことしていないって、どの口が?この二つの書類のサイン、あなたの直筆よね?」



 妹が並べたのは、ゴドリー伯との契約結婚の写しと、賭場で黒ずくめの男に没収されたヘレナの処女権売買書。



「それは・・・。白い結婚と聞いたし、それに・・・」


「今度こそ勝てると思った?」


「そうだ。あの時、ずっと負け続けたわけじゃなかった。おそらく、今度は勝つはずだった」



 あの時、勝って、負けて、勝って、負けて・・・を交互に繰り返していた。


 大きく負けた後は、大きく勝つに違いない。


 そう確信したから賭けることに決めたのだ。



「ばかねえ。それが賭場でチョロい客から最大限に巻き上げる単純な手じゃない」


「そんな・・・」


「妻の言うことは本当だ。君とスワロフを回収した後、改めて賭場の関係者の事情聴取をしたよ」


 ハンスよりいくつか年上の伯爵は、物憂げに続けた。




「まず、支配人とスワロフは二千ギリアを折半する契約をしていた。そして、君が賭場へ連れ込まれた時点でならず者たちをブライトン家へ遣わせていた。最初から二千ギリアとヘレナの売買はセットだったのだよ」



「そんなはずは・・・。いや、嘘だ。もしもヘレナに何かあったなら・・・」



 ハンスが反論すると、カタリナは唇をゆがめた。



「変なところで知恵が回るのね。ヘレナが売られていたなら、私たちがこんなに冷静じゃないと言いたいのなら、ほんとうにとんだ親ね、あんた。あの子のことを想うなら、普通は取り乱して当然なのに・・・っ」



 エドウィンは椅子から腰を浮かしかけた妻の肩に手を置いて宥めた。



「確かに、未遂で済んだから私たちはここにいる。ならず者たちは私の手の者たちによって捕らえた。おかげで証拠がそろって話が早かった。しかし、ハンス・ブライトン子爵」



 彫りの深い目元から緑色の鋭い光を放ちながら声を低めた。




「五年前。スワロフたちに騙された君がヘレナを路地裏へ捨て攫われた時から、屋敷周辺に監視を置いていたのだ」



「監視・・・?」


「ブライトン邸の向かいはストラザーンの所有だといえば理解いただけるかな」


 ハンスは目を見張る。


「そんな・・・」


 道をはさんで向かいには以前、引退した男爵夫妻が住んでいたはずだが、そういえば数年前に顔触れが変わった。


 なんら特徴のない家族と思っていたが、あれは、監視の者たちだったのか。



「本当は子供たちに護衛を付けたいところだったが、君のご学友たちにカタリナの存在を思い出されたくなかったため、あくまでも監視しかできず、おかげで二人にはいろいろとかわいそうなことをした」



 カタリナは十四歳の時にエドゥインに見初められて以来、ブライトンから除籍しストラザーン傘下の貴族の養女となり、あっという間に誰が見ても高位令嬢へと変化した。


 父からは会うことを禁じられたが、そもそも物心ついた時から彼女とはほとんど関わりがなく、兄妹の縁は薄かった。


 公の場以外で兄と呼ばれたことはあまりない。


 ブライトンにいる頃は親友たちから仲を取り持てとせっつかれたが、父に固く禁じられていたため、それを素直に告げるとそのうち彼らも関心を失った。



「君は知らなかっただろうが、カタリナは君のお友達たちに何度か危ない目にあわされそうになったそうだよ。お義父さんのつけた護衛たちが返り討ちにしたがね」



「嘘だ。彼らはカタリナにそこまで興味がなかった。少しだけ話題に上ったけれど、その後まったく・・・」



「正面ではだめだから裏に回っただけだ。護衛たちの当時の報告書が今も残っている。お義父さんがカタリナを離籍させた理由はそこだ。君がお友達と別れることができないなら、縁を切ることでしか娘を守れないと判断したからだ」




「嘘だ、嘘だ、嘘だ!その時、まだ十代半ばじゃないか。そんな事をできるわけがない」



 だんっと、握った拳をテーブルに振り下ろした。



「・・・相変わらずなんだね、きみは」



「だから言ったでしょう。まだ無理だって・・・」



 エドウィンは呆れたようにため息をつき、カタリナもうんざりした顔をしている。



「その件はもうどうでもいいわ。とにかく。あなたの財産は一銭もないの。デイビッドの借金のカタに屋敷は明日にでも取られる。無一文になった責任を取って貴方にはブライトン家最後の当主として幕を引いてもらう。離縁は子供たちに類が及ばないようにするためよ」



「なぜ、ここまでせねばならない。子どもたちを手放すばかりか、爵位まで・・・」



 ブライトン子爵家は伝統あるとまではいかないが、細々と続いてきた。


 なんとか切り抜けられないかと、どうしても未練がましくすがりついてしまう。



「そもそもね。賭場の支配人たちが巻き上げる予定だったのは二千ギリア、ヘレナ、そして爵位だったの」


「は?」



 ぽかんと口を開けるハンスに、根気強くエドウィンは説明する。



「ようするに、とある依頼人がブライトンの爵位を手に入れろと依頼され、彼らは動いたに過ぎない」



 この国の賭場は、娯楽としてある程度黙認されている。


 しかし、いかさまと人身売買と爵位売買。


 三つも法を犯して証拠があるとなれば、潰される。


 ストラザーンの飴と鞭を使って、洗いざらい吐かせたが、肝心の依頼人については聞き出せなかった。


 スワロフも支配人も依頼人の記憶があいまいだからだ。


 魔術と麻薬を使われており、直ぐには追跡できない状況にある。


 これほどまでに、指示は明確であるにもかかわらず。



「まずはヘレナを売りたくなかったら、爵位を売れと言って脅すつもりだったそうだ。すんなりサインしたところで、君の手足を折って路地裏に捨て、ヘレナはすぐに競りにかける予定だったと賭場の連中は吐いたよ」



 エドウィンはため息をつく。



 大人の身体になる兆しすら見えないヘレナの需要はあまりない。


 高額にならないことくらいわかりきっていた。


 不幸中の幸いだ。



「ヘレナはあくまでもおまけで、本命は爵位だったということよ。つまりは、爵位が存在する限り、あなたたち三人の命は常に狙われる。名ばかりの爵位ほど、成り上りたい者なら何としても手に入れたい物よ。今回の依頼者とやらを突き止めて制裁したとしても、また別の闇業者が現れる。貴方は戦えるかしら」



 カタリナはとことん兄を追い詰めた。



「う・・・・」



 ハンスは目をさまよわせる。


 未練と欲は生きていてこそ。


 護衛を雇う金どころか明日のパンも買えない身で、選択肢などあるはずもなく。



「できないでしょう。だから、国に返すのが一番安全なの。三人とも生き残るために」



 書類をもう一度綺麗にハンスの前に並べた。



「離籍後、ヘレナとクリスは私たちストラザーンの養子にして、絶対守る。だから、あなたはこの三枚にサインしなさい」



「・・・わかった」


 がっくりと肩を落として、ハンスはペンを取り、署名する。


「すまない。迷惑をかけて。その・・・。子どもたちを頼む」


「当たり前でしょう。二人のことは、遅すぎたわ」



 立会人や行政官もサインし、判を押す。


 そして彼らは書類をもって一礼した上、先に退室した。



「ハンス。事がもう少し判明するまでここに潜伏してもらう。おそらく短くて一か月もしくは数か月かかるだろう。子どもたちの命がかかっている。従ってくれ」



「・・・ああ。・・・すまない」


「悪いがあとは妻に任せて、私はこれで失礼する」



 すっと静かにストラザーン伯爵が席を立つ。



 ほんの少しの所作でも風格が違う。


 この国の根幹を担っている自信と品格があふれ出ていた。



 エドウィンとは子どもの頃何度か王宮などで会ったことがある。


 当時はブライトンの方が財力はずっと上で、社交界では互角の立場だった。


 それなのに、今は、大きく違ってしまった。


 いったい、どこで間違えたのだろう。




「エドウィン・・・。助けてくれたことを感謝する。本当にありがとう」


「・・・いや」


 ちらりと表情の見えない視線を送った後、妻の額に口づけて、立ち去る。



 扉が閉まると、室内は静まり返った。


 まだ秘書官も騎士もいるにもかかわらず。




「ねえ」



 テーブルに片ひじを突き、頬を支えてカタリナはハンスの眼を覗き込んだ。



「いつまでも、そのままでいいと思っているの?『アザーリのお人形さん』」



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