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【閑話】カタリナの仕置き① ~諦めたら~



 鉄格子越しに窓の外を眺めると、木の枝から葉がごっそり落ちて、地面に降り積もっていた。


 それが、風に吹かれてかさかさと音を立てて飛ばされていく。


 この部屋に閉じ込められてからずいぶん経つが、日にちを数えるのは途中でやめた。


 食事は質素だがきちんと三回決まった時間に出され、定期的にリネン類や着替えは貰える。


 しかし一歩も外へ出ることを許されず、人との接触は皆無。


 ただ、秋から冬に向かっているということだけは分かる。



 おそらく一か月くらい前であろうか。



 親友のデイビッドの借金の保証人になっていたせいで、二千五百ギリアの借金ができた。


 借金取りがやってきて初めて貸し倒れを知り、デイビッドを探したが彼は既に愛人と逃げ出した後で、妻も離縁して実家へ戻り屋敷はもぬけの殻だった。


 しかも、立ち退きの猶予はすでにない。


 最後の保有財産である家が担保だったため、それだけは手放したくないともう一人の親友のジェームズに相談すると、うまい方法があると、ゴドリー伯爵家へ連れていかれた。


 それは、植民地から帰国したばかりの提督・リチャード・ゴドリー伯爵と娘のヘレナが偽装結婚することにより、二千ギリアが得られるという話だった。



 最初はさすがに躊躇した。



 これは、親が子供を売るということだ。


 亡き妻が知ったら嘆くに違いない。


 しかし、契約は二年間で白い結婚。


 離れで過ごすだけで何もする必要のない、ヘレナになんら不利益のない話だと、ゴドリー側の人々やジェームズに言われているうちにだんだんそうしたほうが良い気になった。



 ない袖は振れない。



 観念して署名をすると、すぐさま、本当に二千ギリアが目の前に積まれた。



 ほんの少し前までは、二千ギリアを目にしてもたいした金額と思わなかった。


 だがしかし、この金ですら今の自分が用立てるのは不可能だ。



 どうしてこんなことになってしまったのだろう。



 父の稼ぎは国をも動かすと言われる頃に生まれ育ち、一時期は帝都内の別の豪邸に住んでいたほどだ。


 功績が国に認められ伯爵へ、そしていずれは侯爵へも上がる予定だったのを寸前に起こった身内の事件に巻き込まれて取り消され、その余波で経営の根幹が揺るいだ。


 世間体を考えた父が豪勢な本邸を処分し、使用人の数も三割に減らし、移り住んだのが別邸として保有していたあの屋敷だった。


 侯爵級の屋敷に比べると格段に落ちるが、子爵家の帝都屋敷としてはまだまだ豪勢で、隠し財産を元手に父は巻き返しを図るつもりだったと思う。


 実際、抱えている商会の数を少し整理しただけだった。


 おかげで何不自由ない暮らしは続いた。


 十分幸せだった。




 それなのに、どこから崩れて行ってしまったのだろう。


 気づいたら、積まれた二千ギリアを前に生唾を飲み込む自分がいた。




 十五歳くらいから暮らし、やがて妻も迎え、思い出の多いその屋敷を手放すことは忍びない。


 これがあれば、なんとかつなぎとめることができる。


 罪悪感は瞬く間に消えた。



 しかし、借金の完済にはあと五百ギリア足りない。


 どうしたものかと思いながらゴドリー邸を後にすると、門を出るなりジェームズか言い出した。




「賭場で増やすのが一番手っ取り早い。なんせそれだけ元手があるのだから、すぐさ」



 ああそうか。


 人生経験豊富なジェームズの言うことなら間違いないだろう。



 賭場はほとんど行ったことがない。


 ジェームズたちに呼び出され金を貸したことはあったが、賭けた経験はほとんどなかった。


 ルールがよくわからなかったし、父からお前は向かないからやめておけと昔止められていたからだ。


 ジェームズが一緒にやってくれると言ったので、テーブルにつき、賭け始めた。


 最初は少額で小手調べ。


 どんどん勝った。


 あと少しで五百ギリアに到達するのでやめようとしたら、ジェームズが囁いた。



「クリスの学費がそろそろ足りないんじゃないのか」



 そういや、そうかもしれない。


 クリスの世話と家計をヘレナに任せていたが、二年間拘束されるなら、自分が面倒を見なければならないのだ。



「もっと掛け金を上げてみるか?」



 迷わず頷いた。



 すると、突然負け始め、気が付いたら一銭もなくなった。



 二千ギリア。



 それだけでも。


 取り返さねば。



 しかしもう賭けるものがない。



「あるじゃないか、ヘレナが」



「いや・・・そんな」


「大丈夫。窮地に立った時にこそ、神が味方してくれるさ」


「しかし・・・。さすがに」


「諦めたら、何もかもおしまいだぞ。男だろ」



 そうか。


 きっと・・・。



 賭場の人間から差し出された書類にサインした。



 そしてそれを渡す直前、後ろからいきなり腕を掴まれる。




「おいアンタ。こんなところで何やってるんだ。ハンス・ブライトン子爵さんよ」



 振り返ると、黒づくめの服に身を包んだ見るからに屈強な男たちに囲まれていた。


 口を開く間もなく、サインしたての契約書は彼らに奪われる。




「な、なんだおまえたち・・・・っ」




 ジェームズが叫ぶといきなり拳が彼の頬にあたり、はるか遠くへふっ飛ばされた。



 賭場は騒然となる。



 支配人や護衛たちがとんできたが、ジェームズを殴り飛ばした男がむき出しの大剣を床に突き刺してすごんだ。



 従業員も客も大勢いる。


 しかし、彼らのいで立ちは異様で、軽く全員を皆殺しに出来そうな雰囲気だ。


 その証拠に、百戦錬磨のはずの賭場の幹部たちがうろたえている。




「あんたらがグルになってこの男の金を全部巻き上げたのは分かっている。それについては引っかかるやつが悪い。だが大事にされたくなかったら、こいつらを俺たちに寄こしな。代わりにその金はくれてやる」



 すでに、気絶しているジェームズは男たちの一人の肩に担がれていた。



「・・・そういうことでしたら、どうぞ」



 支配人が頷くと、襟首をつかまれ、椅子から引きずり降ろされる。


「なにを・・・っ」


 我に返って抵抗したが、容赦ない力で腹を殴られ記憶が途切れた。




 そして、目覚めたら、この部屋の固いベッドに横になっていた。



 黒ずくめの男たちは幻のように消えた。



 そして次に現れたのは、冷たい目で自分を見下ろす妹だった。




「馬鹿なことをしてくれたわね、ハンス」


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