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天国ですか


 コンサバトリーでの話し合いを終えた後、屋敷の中のカタリナのドレスルームへ連れていかれた。


 そこにはなんとドレスメーカー『メリーアン』の従業員たちが待ち構えていた。



「これから冬を迎えるにあたって、衣装をあつらえましょう。おそらくあなたも体格が少し変わっているはずだから採寸が必要ね」


 カタリナが手を上げて彼女たちを促すと、あっという間に取り囲まれ、ワンピースの上から採寸が始まる。


「叔母様、すでにたくさん作って頂いています。あの家にいる限り上等な服は必要ないかと・・・」


 慌てて断りを入れようとするが、この部屋の中でヘレナの発言を聞こうとする者はいない。



「どう?」


「とくに胸囲が変わりましたね。育ってきている感じです」


「やはりね」


 叔母と採寸係が満足げに会話するのを耳にして、ヘレナの頬がかっと赤くなる。


「・・・っ」


 今まで自他ともに認める幼児体型だった。


 別に気にしていなかったが、複数の人間にこれほど注目される今は、とてもとても恥ずかしい。


 何がと問われても困るが、なんとなく晒し者の気分で、いっそどこかに隠れてしまいたい。


 肌の艶から爪の具合まで点検されるに至り、途中棄権を申し出ようとしたが、叶うはずがない。



「良い傾向よ、ヘレナ。恥ずかしがらないで。生活が落ち着いてようやく成長期に入っただけのことなのだから、叔母としてはとても喜ばしい事なの」


 慈愛に満ちた眼差しにヘレナは屈服した。


「・・・そうですか。ありがとうござい・・・ます」


 ドレスメーカーの面々も、キラキラと目を輝かせている。


 彼女らは、やる気に満ちていた。


 眩しい。


 でも、そのやる気、ほかの仕事に向けてほしかった…。



「毎月一度、うちに来た時に採寸するわよ。これからどれくらい育つかしらね。ああ、楽しみだわ」


「はい。我々も楽しみです」



 ・・・自由研究の植物観察だろう、これ。





 その後、叔母、ドレスメーカー、ヘレナで色々と話し合いをした結果、コート類などゴドリーにて着る衣装は見た目質素で機能性に満ちた物を作ることとなった。


 高価なドレス類に関してはストラザーン伯爵家のヘレナ専用のドレスルームにて保管し、訪れるたびに着替えるよう決まった。



「うちで、作法やダンスのおさらいをするときに着てね」


 ドレスメーカーが引き上げた後、カタリナの応接室で休憩に入る。


 今度はコーヒーととりどりのチョコレートがテーブルに並べられた。


 カカオの風味が強い焦げ茶色のタブレットを口に入れてから、少しクリームを溶かしたコーヒーを飲むと、気分

がすっきりした気になる。


「お気遣い、いたみいります・・・」


 母に習ったのは基礎の基礎。


 王立学院での授業も、実習に顔を出して試験も受けたが、単位を取るためだけのその場限りの詰め込みで身についているわけではないのは自覚している。



「何事も経験と思うのよね。ヘレナがこれからどんな生き方をするかはわからないけれど、もしかしたら私くらいの歳になってから突然王宮に出仕せねばならないことがあるかもしれない。その時に焦らずに済むように、ちょっと身体にしっかり覚えこませてしまいましょう。十代半ばって本当に吸収力あるから、今やっつけてしまえば後々困らないわよ」


 十四歳でストラザーン伯爵の子息に見初められて、それから数年にわたる詰め込み教育を修了した叔母の言葉は、誰よりも説得力があった。


「ついでにドレスのことがよくわかるようになるわよ。素材や着心地の勉強にもなるでしょう?」


「たしかに・・・」


 服に関しては、新しい素材など作ってみないと解らないことは多々ある。


 重すぎたり、蒸れたり、動きにくいなど、せっかくの晴れ舞台で苦痛を覚えるのは気の毒だ。


 ついお針子思考になって頷く姪を、カタリナは微笑ましく思った。


 そこへ、扉を叩く音が聞こえてくる。



「母上、そろそろよろしいでしょうか」


 若い男性の声だった。


「ええ、ちょうどよかったわ。どうぞ」


「では、失礼します」




 両扉が開いて現れたのは、ストラザーン伯爵そっくりの明るい茶色の髪にエメラルドの瞳の青年とカタリナをそのまま映したような金髪碧眼の少女。


 二人とも、とても上品な空気をまとい、華やかで美しい。


 間違いなくストラザーン伯爵の子息と息女だ。



「ヘレナ、紹介するわね。私の息子のユースタスと、娘のアグネスよ」



 すぐにヘレナは立ち、爵位が上の者に対する礼の姿勢を作り、深く頭を下げる。



「初めまして、ヘレナです。ご挨拶が遅れましたが、この度はブライトン子爵家がご家族に迷惑をかけ、申し訳ありません」



 会うのは初めてだが、彼は次期当主で、年上だ。


 妹のアグネスは年下だが、いずれ高位貴族に嫁ぐ身分。


 弁えねばならない。



「どうか、頭を上げてください。あなたはクリスとともにこの家の養子になりました。我々は兄妹なのですからそのような礼は不要です」



 慌てたような声が聞こえるが、とてもはいそうですかと図々しくなれない。



「そうよ、ヘレナ。私は本気であなたを家族と思っているのだから、遠慮は今後なしにしてちょうだい」


「ですが・・・」


「お姉さま」



 とすっと、いきなり横から腰に手を回された。



「私、お母さまから話を聞いてからずっと、お姉さまがいらっしゃるのを楽しみに待っていたの。これから仲良くしてね」


 サファイアの瞳できらきらと下から顔を覗き込まれ、慌ててヘレナは身体を起こした。


 超絶美少女の顔が近すぎる。


「あの・・・」


 身体を離そうとしても、意外に彼女の両腕の力は強くてびくともしない。


 たしか十歳だと聞いたような気がするが、悲しいかな、正直体格はあまりヘレナと変わらない。肩の高さもちょっと彼女が低いだけだ。



「お姉さまは、アグネスのこと、妹にするのがお嫌なの?」



 眉尻を下げて悲し気に長い睫毛を瞬かせられると、もう誰が逆らえよう。


「あ・・・、いえ。とんでもない、嬉しいです。これからよろしくお願いします」


 たどたどしく答えると、大輪の薔薇が咲いたような笑みを浮かべた。


「うふ。アグネスも嬉しいです。ヘレナお姉さま、かわいい。大好き!」



 魂が、抜けそうだ。



 


「僕は、王立学院でヘレナを見かけたことあるよ」


「え・・・。気が付きませんでした。申し訳ありません」


「お姉さま、こういう時は、『え、そうだったの?気が付かなかった、ごめんね?』よ」


「う・・・。そう・・・なの?」


「うん。兄妹で他人行儀は寂しいなあ、ヘレナ」



 その後、ユースタスとアグネスの席が用意され、フルーツのコンポートやスコーンなど、軽食を追加され・・・。


 二十歳と十歳の超絶美形兄妹にサンドイッチされた状態で弄ばれている。


 そんな三人を、カタリナは聖母の微笑みを浮かべてブランデー入りのコーヒーを飲んでいた。



 なぜこうなったかというと、カタリナがいきなり、

 

 『これから公の場でも兄妹としてふるまってもらわないとね。丁度よいから今から練習を開始しましょ。はいっ、スタート!』


 と手を叩き、なぜか謎の会話レッスンに突入したのだ。




 十七年目にして初めて会った従兄妹たち。


 しかも、彼らは高位貴族。


 そして、目の前に広がる高級食器の数々。


 スパルタだ。


 心の準備も何もない状態で、鬼だ。


 冷や汗もののヘレナに、ユースタスはくすりと笑う。




「ヘレナががんがん飛び級やったおかげで、実は僕と同期で卒業していたのだけどな」



「ああ・・・。そういえばそうなりますか・・・。でも、私は淑女教育課程ですし」



「君が卒業式を欠席したから首席の挨拶、僕に回ってきたんだけど?」



「・・・そうでしたっけ・・・・?いや、こう言ってはなんですが、あのチョロい淑女教育科で首席だったのが、ほかの科の皆さんを差し置いて答辞だなんておかしいでしょう」



「意外と言うねえ、きみ」



 ユースタスはエメラルドの瞳を細めて機嫌のよい猫のような顔をした。



「待って、ユースタス、その話聞いてないわ。ヘレナも、生徒代表の予定だったとか聞いていないわよ」


「あれ?そうだったかな」


「そうよ。もう・・・」


 カタリナは軽く息子をにらむ。


「あの頃、ちょうどお祖父さまが倒れたりとかして、うちの中が気ぜわしかったからじゃないかな。僕も留学の用意があったし」


「それもそうだけど・・・」



「私も・・・もう、あの頃、勉強と金策がごっちゃになっていて、記憶が・・・。たしかあの頃、使用人へ支払うお給金のねん出どうしようって頭がいっぱいだったんじゃないかと」



 なんとか金をかき集めて、その頃に最後の使用人たちに退職金を渡した。


 そこからさらにぎりぎりの綱渡りの財政状況で、そういえば自分はいったいいつからブライトン家の資金繰りを行っていたのか?と、首をかしげる。



「そもそも父は私に全く興味ありませんでしたし」



 『ハンス・・・あのクソが・・・』叔母のどすのきいた呪詛が聞こえた気がするが、気のせいだろう。



「う・・・ん。そういや、卒業試験を終えてすぐに学長室に呼び出されましたね・・・?」



 しかしいっぱいいっぱいになっていたヘレナは、無理ですとぶち切れ八つ当たりしてしまった気がする。



「私・・・。あの時の無礼をきちんと謝った記憶がありません・・・。私のためを思って答辞を提案してくださったでしょうに」



 血の気が引いて口に手を当てるヘレナの背中を、ゆっくりとアグネスがさする。


「おねえさま・・・。お疲れだったのね・・・」


「ヘレナ、今度僕が王立学院へ顔を出す時に、君も一緒に行こう。学長も分かってくれるさ。それに今はクリスがぶっちぎりの成績納めているし、君たちは大切な生徒として記憶されているよ」



 もう一方からユースタスも寄り添ってきた。


 この兄妹は距離感が、近い。


 いや、自分とクリスも変わらない・・・か?


 この絢爛豪華な空間で、ヘレナの頭は混乱する。



「そうそう、クリス兄さまもすごいの。この間、数学のわからない所を丁寧に教えてくれたおかげで、勉強がはかどったの。ユスお兄さまより優しいから大好き」


「アグネス、それはひどいな」


「ふふ」



 今、クリスがこの場にいないのは講義が長引いているためだ。


 クリスが二人の信頼を得ているからこそ、ヘレナはこうして温かく迎え入れてもらえるのだろう。



「お姉さま、今度は絶対お泊りしてくださいね。アグネス、楽しみに待っています」


 ぎゅっと腕にしがみつかれた。


「それはいいね。クリスも喜ぶよ」



 天国ですか、ここは。


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