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守袋


「ブライトンの富は、結局、害にしかならなかったということでしょうか・・・」



 ブライトン子爵家が一番輝いていたのは、祖父が当主だったころだ。


 記憶の中にある祖父は商才があって莫大な富を得たが、いたって良識のある人だったと思う。


 妻を早くに亡くし、ハンスとカタリナの養育を雇い入れた者たちに任せっきりにして仕事に専念していたが、それは決して貴族の中で珍しいことではない。


 むしろそれが当たり前で、高位貴族の家族関係は希薄なものだ。


 ただ祖父が気付いた時には、跡取り息子は心の弱い、ただの美少年となっていた。


 何度か軌道修正を試みたが、彼の友への依存ぶりは治らない。


 ルイズと結婚してしばらくは落ち着いたが、それはたまたま『ご学友』たちの私生活が多忙になり、一時期疎遠になっていただけに過ぎない。


 ハンスは、孤独を恐れていたのだろうか。


 金品を渡すことで人をつなぎとめようとする癖は、とうとう娘を売り飛ばす瞬間ですら変わることがなかった。



 もしも、ブライトン家にさほど財力がなかったなら。


 彼らに付きまとわれずに済んだのではないか。


 つい、そう思ってしまう。



「それは違うわ。もしもブライトンが貧乏だったとしても、彼らに都合よくつかわれていたことには変わりない。めぐり合わせなのか、ハンスの性格のせいなのかはわからないけれど」


「そう・・・ですね。叔母さまは、父のようにはならなかったのですから・・・」


 ひとは、それぞれだ。


 同じ親、同じ家、同じ環境で育っても、違う人間へと成っていく。


「ところで・・・。あなたはハンスとスワロフをどうしたい?一番の被害者はあなたなのだから、決める権利があるわ」


 父とスワロフはストラザーン伯爵領の片隅にて拘留中だ。


 彼らは重罪を犯したわけではないし。


 スワロフが行った数々の嫌がらせと母の件はこれといった証拠がない。


 本来なら、解き放たれるべきなのだろう。



「・・・どうしたいか、自分でもわかりません・・・。叔母さまにお任せしても宜しいでしょうか?彼らがクリスに害をなさないようにするにはどうすればいいかなんて、私にはとても考えつかないのです」


 途方に暮れてしまう。


 己の力のなさに。


「・・・そう。わかったわ。私の好きにさせてもらう。それと、ハンスに会うなら一度あなたを連れていって良いけれど?」



「・・・会いません。少なくとも、この契約結婚が終わるまでは」



「そういうかなと、思ったのよね。クリスも会うつもりはないと答えたし」


「クリスもですか・・・」



 クリスにはかわいそうなことをした。


 まだ十五歳なのに、人生の半分以上に良い思い出がないなんて。



「・・・あの。これを・・・。父に渡していただけますか」



 ヘレナはテーブルの上に手を置く。



「先ほど家令にお願いしてあの小箱を出していただきました。この守袋の中に母の遺髪を一部詰めています」



 このストラザーン伯爵家で叔母と面会する日が決まった時から。


 考えに考えて、決めた。



 父に、形見分けをすると。


 父も、真実を知る時期が来たのだと。



 そして、昨夜徹夜して守袋を作った。


 糸を縒って、組み紐を作り、首から下げられる形にした。


 これでもかと刺繍を施し、ひと針ひと針に思いのたけをぶつけた。


 この屋敷で封じる時も、更にしつこいくらい針を刺した。



「私が行くべきなのでしょう。でも、今はどうしても冷静になれません。どうか、叔母さまから父に全てを告げていただけないでしょうか。あの夜のことも、母のことも」



 組み紐も、守袋も、黒と青みを帯びた灰色のみで作った。


 それらは母の髪と瞳の色そのもの。


 袋の背景は真っ黒で、真ん中に小さな勿忘草を一輪刺繍した。




「・・・わかったわ。確かに預かりました。でもね。ヘレナ・・・」



 それを手に取ったカタリナは、整った顔をくしゃりと歪ませる。




「どうするのよ、こんなに・・・。幾重にも・・・。強力な加護を」




 ヘレナは顔をあお向けて、ガラス張りの天井を見た。



「だって・・・。母に頼まれたから・・・。仕方ないじゃないですか」



 おとうさんを、お願いね。


 よわいひとだから。



「母の秘密を守ってやれない代わりに、私は・・・。一度だけ、加護を授けようと思います」


 視界がにじんで、何も見えない。



「私が望む父への罰は、真実を知る事。今のところはそれで・・・」



 頬を熱いものが伝う。



「もしも、父が二年後も生きていたなら、会いに行きます。たとえどこにいても。恨み言をぶつけるのはその時で十分・・・」



「・・・あなたって子は、まったく・・・」


 ふわりと、柔らかいものに包まれた。


 いい匂い。


 そして、とても心地よい。


 ああ、叔母が抱きしめてくれたのだとしばらくして気が付いた。



「仕方ないわね、ほんとうに・・・」


 切り捨てられないのは、未練なのだろうか。


 しかし、殺してくれとは、どうしても言えなかった。



「すみません・・・」


 優しく背中を撫でられながら、詫びた。


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