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許されざること


「・・・・もう一つ。スワロフから聞き出して判明したのだけど」


 長い沈黙の後、叔母は口を開いた。



「ルイズ様の棺を持ち出したのは彼らではなかった。別の誰かだということだけは間違いないわ」



 母、ルイズの墓が暴かれていることに気付き、それを確認したのは葬儀の四日後の昼間。


「それは・・・。どういうことでしょうか」



「正確には、あの墓は私たちが確認する前に少なくとも二度掘り起こされたということよ」


 葬儀後、ヘレナとクリスは毎日朝食後に墓参りをしていた。


 誰かがそれを監視していたのかもしれないと思うと、恐ろしい。



「ハンスが一緒に埋葬した宝飾品目当てにスワロフたちが三日目の晩に掘り起こしたら、既にあの粗末な空の棺になっていたらしいの。骨折り損と腹が立ったけれど、ハンスが空の墓を後生大事にするのを見るのもいいかと思って黙っていたそうよ」


「・・・たいがいですね」


「ええ、ほんとうに」



 五年間。


 彼らは月命日ごとに花をもって妻の墓を訪れるハンスをあざ笑って楽しんでいたのか。


 どうしてそこまで残虐になれるのだろう。


 

 しかし空の棺の存在を知ってすぐに、ヘレナは預かっていた髪の一部を加護縫いした袋に詰め墓石の下の奥深くに埋めた。


 そうでもしないと、父も、母も、あまりにも哀れ過ぎたからだ。



 だから。


 あそこは、決して意味のない場所ではない。


 あそこも、母の、墓だ。




「それで。そのスワロフの自白が本当かどうか確認してみたらね。更に別のことが判明したわ」



 叔母が物憂げにため息をついた。


「ざまあみろ、と。言いたいところなのだけど。あなたはどう思うかしら」


「わたしが?」




「墓を掘り起こしたのは、マイク・ペレスの部下たちだったわ。強要されてね。まあよく考えたら、あいつらが自ら汗水たらし土にまみれて墓掘りするはずないわね」



 マイク・ペレスは血統だけ良い伯爵家の次男だ。



 すでに没落して家計が苦しく、継ぐ爵位もないため騎士になるほかはなかった。


 ただし容姿が整っているため、権力のある貴婦人たちの寝室へ出入りし、王立騎士団での地位を手に入れた。


 彼は典型的な権力志向の、この上なく狡猾な男だった。


 上には媚びへつらい、下の者をとことん虐げる。


 部下たちへの扱いは横暴を極め、人望は全くないが、血筋とコネで小隊を任されるまでになり、分団長の椅子が目の前に迫った。


 そんな時、二人の部下をいきなり夜中に呼び出し、あろうことか墓を暴かせた。



「その部下たちに話を聞くことができたの。あれがろくでなしなのは分かっているから何を聞いても罪に問わないと言ったら、彼らは観念してすべて話してくれたわ」


「あの人の悪行は、我が家限定ではなかったのですね」



「ええ。結局、マイク・ペレスは魔獣討伐の時に名誉の戦死をしたのではなく、部下たちが計画的に大型魔獣の前に置き去りにした、いわゆる私刑だった」


「私刑?」


「そもそも、それはペレスが何度もやっていた手口で、部下を餌にして撤退もしくは討伐していたの」



 予想外に敵が強いときや、己の命にかかわる事態に陥った時。


 ペレスは手近な部下を切り捨て、生贄にして逃げた。


 もちろん、生贄にされた者の命はそこで尽きる。



「なんてことを・・・。よく軍法会議にかけられなかったですね」


 そんな男を小隊長としておくなどと、正気の沙汰ではない。



「私たちも驚いたわ。アイツらを小者と侮りすぎていた。ペレスは・・・。前王の妹君の寵愛を受けていて・・・。都合の悪いことはおおむね彼女に握りつぶされていたらしいの。それと、ブライトン子爵家から搾り取った金を有効活用していたようよ」



 その浅知恵はそもそもペレスのものではなかった。


 数年前に酒におぼれて死んだギブリー・スターズが侯爵令嬢の婿に納まった時に使った手段をそのままなぞってみたら、思いのほか上手くいったのだ。


 もっとも、ギブリー・スターズは結婚して間もなく高位貴族の社会になじめず酒に逃げ、マイク・ペレスは部下たちに殺される羽目になったが。


 あっさりと自滅したギブリーはともかく、ペレスの所属していた騎士団は死者が出ている。



「・・・それは・・・。大変申し訳ないことを・・・」


「彼らがペレスを殺そうと決断したきっかけは、ルイズ様のことを聞いた時だとも話してくれたわ」



 結局、ペレスも孤独だった。



 家庭をもったものの、外面を取り繕う反動で屋敷では暴力と暴言を連発し、力で支配する主人に、妻子も使用人もただうつむいて嵐が過ぎるのを待つ。


 自らが作り上げた陰鬱な家が気に入らず、部下で憂さ晴らしをする日々。


 終業後に手近な部下を無理やり酒場へ連れ出して明け方まで付き合わせることなんて、当たり前だった。


 しかし分団長への昇進が内定した晩に、ペレスは浮かれていつになく泥酔した。


 そして、げらげらと笑いながらしゃべり出したのだ。



 『死の床にあったブライトン子爵の妻に媚薬を自ら飲むよう強要し、三人がかりで一晩中犯したのがここ一番楽しかった出来事だ』



 その場にいた部下の中に、とある夜にペレスから宿直を放棄させられルイズ・ブライトンの墓を暴かされた二人がいた。


 命じられて嫌々ながら掘り進めた結果、そこにある棺は全く別のもので空だったことに彼らは心から安堵した。


 誰が好き好んで死者を辱めたいと思うだろうか。


 しかし、ペレスはブライトン子爵夫人の亡骸に装着されていた宝石の数々を盗むつもりだったため、それがないことに最初激高し、荒れた。


 一緒にいたペレスの友人たちが宥めてその場は収まったが、彼らの言葉にも戦慄した。



『あいつはこれからずっと、何も知らずに空の棺を参りに来るんだぜ。これほど愉快な酒の肴はないだろう?』



 それを聞いた瞬間、夜の墓場にペレスの下品な高笑いが響き渡った。



『そりゃそうだ。馬鹿のハンスに似合いの結末だ』



 彼らは悪魔だ。


 魔獣よりも恐ろしい。


 

 ペレスの深酒に付き合わされていた騎士たちは、この時に決めた。



 この男は、処分すべきだと。



 それまでに、幾人もの同僚たちが騎士団を去った。


 まず、女性騎士は配属されてすぐに高位貴族の私兵へ転職するか、騎士の仕事を辞めて行方知れずになることが多発し、いつからかペレスの指揮下に女性を置くことはなくなった。


 家庭や恋人との仲を壊された者もいたし、精神的に追い詰められて入院した者もいた。


 戦闘中に生贄にされた者は少なくとも三人。


 把握しきれていないだけでもっといたのかもしれない。


 威張るばかりで指揮能力は皆無。


 成功は自分のもので、失敗は部下のせい。


 出動するたびに死傷者が出ることが当たり前で、死をも恐れぬ勇敢な部隊と言われたようだが、実態はみな生き残るために死に物狂いで戦っていただけだ。



 ペレスが小隊長のうちはまだいいが、これが百人を超える騎士を従えた時。


 どれだけの血が流れるか想像がつかない。




 この国の未来のためにも、彼を殺すのが。


 騎士の勤めだと。


 苦渋の決断だった。


 許されざることなのは承知だ。


 私怨と言われればそうかもしれない。


 それでも。


 今のうちに、成すべきだと思った。


 護衛のつかない、今のうちなら。



 殺すことは容易い。




 その数日後、おあつらえ向きの仕事が舞い込んだ。


 西の渓谷にある魔窟近くでスタンピードが起きているため、複数の部隊に出動命令が下り、そのうちの一つがペレス隊だった。


 よって、現地入りし出陣直前の隊長格の作戦会議をしている間にペレスの馬に遅効性の興奮剤を飲ませた。



 そして。



 討伐中に異常な興奮状態に陥ったペレスの馬は魔獣の群の中へ突っ込み、倒れた。


 投げ出されたペレスは身体を強打し、身動きが取れない。


 彼の悲鳴を聞きながら部下たちは背を向け、その場を後にした。



 隊長がおらずとも部下たちは十分に戦え、目の前に現れる魔獣を次々と屠った。


 今までそうであったように。



 翌日。



 魔獣を掃討したのちの森の木々の間から馬とペレスのかけらが見つかったので回収し、すぐに家族の元へ届けた。



 遺品を受け取った時、妻は深い深い・・・安堵のため息をつき、唇を震わせながら涙を流した。



 彼女もまた、解放されたのだ。


 悪魔のような男から。




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