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叔母との茶会


「ようやく、あなたを屋敷に招くことができて嬉しいわ」



 邸内で独立した場所にあるコンサバトリーは広大だった。


 天井は高く、他国の珍しい花や樹木が自然に見えるよう配置され、さながら植物園のようだ。


 そんな中ヘレナは立派な椅子に座り、叔母と向かい合ってお茶をしている。


 テーブルの上は上品な茶器と趣向を凝らしたデザートと軽食の数々。


 給仕する侍女たちの所作は思わず見とれてしまうほど優美だった。


 紅茶を淹れ終わると、侍女も侍従も騎士もコンサバトリーから退室し、二人きりになった。



「お招きありがとうございます。・・・今更ですが、このコンサバトリーだけでも、ストラザーン伯爵家の凄さが理解できます」



 ゴドリー伯爵邸もかなり大きいが、別邸周辺を長い間放置していても平気なように管理が甘い。

それに比べ、ゴドリーと同じかそれ以上の敷地面積を有し、門から隅々まで行き届いているのを見るにつけ、ストラザーン伯爵家の権勢のほどが知れる。



「まあ・・・。義父の方針で訪問客が多かったから。ここも含めてあちこちに接客用の場を設えているし、宿泊用の部屋も多いわ。そもそも社交界シーズンは夜会に茶会、正餐会まで山のようにここでこなさなければならなかったし」


 オフシーズンになったため、彼女もこうしてゆっくりとヘレナを招くことができようになったのだ。


「大変ですね…。大貴族の奥方は」


 頭の隅で、同じ伯爵位のゴドリーは社交的な行為の一切、何もしなくて大丈夫なのだろうかという考えが頭をよぎるが、リチャードにとって侯爵位を継ぐための暫定的な身分ゆえに必要がないと判断しているのだろうかと思いなおした。



「そのせいで、あなたたちには苦労をかけたわ・・・。私の能力が足りないばかりにほんとうにごめんなさい」



「いいえ。十分です。叔母さまはこのストラザーン伯爵家へ嫁がれていろいろ苦労されたことでしょう。ブライトン子爵家の我々の存在がどれだけ足を引っ張ったことか」



「足を引っ張ったのは・・・。ハンスと・・・。まあそれはいいとして。貴方に聞きたいことがいくつかあるの。答えたくないならはっきり断ってちょうだい。貴方にはあなたの事情があるでしょうから」


「いえ。どうぞなんなりとお尋ねください。今更、隠すようなことは何一つありません」


「そう・・・。でも、本当に言いたくないことは言わないで良いから。それを覚えておいてね」


「はい」



「ではまず、リチャード・ゴドリーの愛人、コンスタンスの件ね。マーサから聞いたのだけど、誘拐されて月光館にいた時、彼女に会ったと聞いたのだけど、記憶にあることを全部教えてほしいの」



 五年前に母が死の床についた時、「ヘレナを捨てれば快方に向かう」という詐欺師の言葉を信じて父は貧民街へヘレナを捨てた。


 そして物陰で隠れて待機していた詐欺師はヘレナに暴行を加えて脅し歓楽街に売り飛ばし、消えた。


 そのあと一番最初に目通りしたのが月光館の従業員で、そのまま連れていかれた。



「ああ・・・。はい。月光館でたまたま女性たちの服のほころびを繕ったらいろいろ頼まれるようになって。そのうち、既製品のハンカチにサインの刺繍をするようになりました。お客様への贈り物にしたいからと。そのうちの一枚がコンスタンス様のものでした」


 常連客の機嫌を取るために、娼婦たちは色々な小道具を使った。


 その一つが、客を想って縫ったと偽って渡すハンカチ。


 商会から仕入れた素人手芸に付加価値を付けてさも自分が施したかのように装った。


 客も意外と簡単に騙されて、大金を貢ぐのだから世の中わからない。


 十二歳にして学んだ、社会のひとこまだ。



「直々に依頼されたの?」


「いいえ。お付きの女の子からでした。でも、出来上がって渡す時にコンスタンス様専用の部屋の扉の前まで行ったので、中から「あら、ありがとう」と言われたのです。その時の彼女の待遇は上から五人に入る売れっ子でしたので、今と風貌は変わりません。ただ、私はあの詐欺師に髪を散切りにされて色も変えられていたので、あちらは記憶にないのでは」


 記憶にあるなら、何か話しかけてきてもおかしくないとヘレナは首をかしげる。



「・・・あなたに言っていないことが一つあるの。当時は知らない方が良いと思っていたけれど、今は逆に知らない方が危ういわ。あのね。貴方はあの時マーサに保護されていなかったら、数刻後には幼児虐待の趣味がある男に売られ、外国へ連れていかれる手はずが整っていたの。書類は偽造。月光館は関与を否定しているわ。それについては裏が取れているので間違いない」



「つまりは・・・。つながりがあるかもしれないと?」


「わからない。少なくともこの件については、『ご学友』は関わっていなかったわ。自白剤を飲ませたけれど、それだけは違った」


 そのほかは色々と喋ってくれたが。



「コンスタンスにはとにかく気を付けて。いろいろと怪しいのに何一つつかめない所がますます恐ろしい。あれは一筋縄ではいかないわ」


「わかりました。気を付けます」



 一つ頷いて紅茶に口を付けた後、叔母は珍しくためらうようなそぶりを見せた。



「叔母様?」



「それとね・・・。ジェームズ・スワロフが喋った話の一つに気になることがあって」


「はい」



「ジェームズ・スワロフ、デイビッド・リース、マイク・ペレス。この三人が亡くなる直前のルイズ様を犯したって本当なの?」



 空に雲がかかったのか、あたりが不意に暗くなった。



「ああ・・・」


 ヘレナはゆるゆると息をつく。



「とうとう、彼は、暴露したのですね」


 あの、忌まわしい夜のことを。



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