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床に散らばる、白い花


 今まで黙って耳を傾けていたヒルは、大きな手で囲い込んだカップに目を落としたままぽつりと言った。


「ヴァン。お前、シエナ島でもコンスタンス様と寝たのか」


「……ああ。『私などがリチャード様のおそばにいて良いのか、自信がない。辛い』と、相談されているうちになんとなく……」


 言い訳を連ねるクラークに、ミカが正面からぶった切る。


「だから、そこからどうしてそうなるかな。失礼だけど、アンタの母さんも悩みができたらよその男とそんなことしていたわけ?」


「なっ……っ! 母を愚弄する気か!」


「ハイ、その『愚弄する』ような内容、アンタやってるんだからね。お判り?」


 ミカの指摘にようやく理解できたのか、呆然とした顔になった。


「……っ。まさかそんな」


 動揺しているヴァンの声にヒルは固く目を閉じ、そしてゆっくりと開く。


「ヴァン。俺がコンスタンス様と寝たのは、シエナ島を離れる三日前だ。お前はその以前だったというので合っているか?」


 ベージル・ヒル、お前もか。


 テリーは現在、右にクラーク、左にヒルが座っている状態で茶を飲んでいる。

 ミカが『コール以外全員』と言った時点でその可能性が頭をよぎったが、彼の日ごろの様子を見てあり得ないと除外していた。


「ああ? そうだ。それがなにか……」


「俺はその時、『こんなことになってリックに申し訳ない。死にたい』と号泣されたよ」


 深いため息とともに吐き出されたのは、懺悔。


「俺は、主の大切な女性を、誤って犯してしまった罪に苛まれ続けていた。今、お前の話を聞くまでな」


「……っ。いや、それは」


 ヒルとクラークの話のつじつまが合わない。

 まるで別の人物を語り合っているかのように。


「それはないね。ホランドなんてズブズブだし。あれは特に、鬼のいぬ間になんとやらを楽しむタイプで一番悪い」


 ミカが首を振ると、ヒルは顔を上げて苦笑いした。


「そうか。俺はシエナ島ではリチャード様の護衛の任にはつかず、島を守るために巡回するのが主な仕事だったから、、ヴァンとライアンがそんなことをしているなんて、全然気づかなかった。リチャード様は真実の愛を見つけたと言っていたし、相思相愛に見えたから」


 テリーとミカは、心底うんざりしてきた。


 ここの男たちは純粋培養なのか。


「真実とやらは置いといて。つまり、どういうこと? 泥酔して記憶が飛んで、朝起きてみると隣にコンスタンス様が裸で寝てしくしく泣いていたとか?」


「いや、もっと悪い。俺が正気に戻った時は、最中だった」


 ヒルの直接的な表現に、思わずシエルがヘレナの耳をふさごうとしたが間に合わない。

 ヘレナは「だいじょうぶですよ」と小声で囁き、パールの右足を握ってシエルに手を振った。

 ちなみに、パールの眉間にはしわがくっきりと寄っている。


「おう……。それはご愁傷様」


 さすがのミカもかける言葉がない。


「慌てて離れて事の次第を聞くと、用があって部屋に入ると泥酔した俺にベッドに引きずり込まれて強姦されたと言われた。部屋はすごい状態で疑いようもなかった。土下座して謝ったら『この件は忘れるから、どうかリックにも誰にも秘密にしてほしい。知られたらもう彼のそばにはいられない』と懇願された」


 高級娼婦ではあるけれど、リチャードと心を通わせてからは客を取っていないと言った。


 たしかに、嘘ではない。

 ライアンもヴァンも金のやり取りをしていないのだから。


「そりゃまた」


「俺は、償いたいと思った。だから、帰国してからライアンが提案した契約結婚話も、二人が幸せになるならと後押しした。しかも現れたブライトン子爵は見るからに軽薄そうで金のことばかり気にしていた。だからその娘もそんなものだと思い込んで……。すまない」


 ヒルはヘレナに頭を下げた。


「いや、ヒル卿のせいではないので、大丈夫ですよ。気になさらないでください。そもそも嵌められたんですよね?」


「……言い訳になるが、俺は仕事柄、普段は酒を飲まない。あの日は特別だったんだ。流行り病で亡くなった妹と母の命日だった。仕事を早めに切り上げて自室でワインを開け、献杯のつもりでコップ一杯飲んで、それからの記憶が全くない。後にも先にもこれほど酔ったことはなかった」


 他国と何度も取り合いになった海の拠点、シエナ島。

 気候や習慣はもちろん、現地の人間の種族と言語も違う。

 いつ不測の事態が起きるかわからない以上、赴任中酒を口にしたのは一度だけ。

 母と妹の命日のみ。

 周囲には真面目だと笑われたが、それが己の仕事だと思っていた。


「睡眠薬と媚薬を盛られたね。娼館ならいくらでも手に入るし使い方も心得ていて、慣れたものだろう。即効性でなおかつ短時間できっちり真っ最中に正気に返るよう加減されていたってとこかな」


 独りで食事を摂りたいと前々から使用人には告げていた。

 主君にも休みの許可を得ていた。

 差し入れだというワインか料理か。

 どちらに仕込まれていたかなんて、今更考えても仕方ない。

 ことは起きたのだから。


「あの日、床に花が散らばっていた。彼女は泣きながら言ったんだ。『リックからヒル卿のお母さまの命日だと聞いて、花を贈ろうと思ってここに来た』と」


 なぜ、母と妹が死んだのか。

 なぜ、この日だけは酒を飲まずにいられないのか。

 何もかも知っていて。

 それでなおかつ計画して実行したのなら。


「俺は……。いったい何を信じていたのだろうな」


 ことあるごとに思い出していた。


 無残に散らばり、

 踏みつぶされた、

 素朴な花弁の白い、

 野の花を。

 




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