超絶刺激的な彼女
話がひと段落着いたところでとりあえず、食堂へ移動した。
ミカとヘレナがりんごのタルトとスコーンとシードケーキを用意している間、クラークが紅茶を淹れ、ヒルとシエルがテーブルセッティングする。
最後にテリーがパールのおやつを皿に盛って床に置くと、まだ短い尻尾をぷるぷると震わせながら食べ始めた。
「あのさあ。一つ確認していいかな」
それぞれ席に座り食べたり飲んだりして少し落ち着いたところでミカが口火を切った。
「クラークさんってさあ、奥様のこと、かわいそうとか気の毒とかよく言うじゃん。なんで?」
テーブルに肘をついて、向かいの席でタルトを割っている最中のクラークを見つめる。
「なんでだって?逆にこっちが聞きたい。どうしてあんたらはそんなに冷たいんだ。生まれた境遇のせいであれほど苦労しているのに。あんたも平民ならわかるだろう。貴族たちの下の者への扱いを」
いったんタルトを皿におきクラークもミカを真剣なまなざしで見つめ返す。
「ふうん。クラークさんって、平民育ちだったんだ?」
「そうだ。俺は庶子で母が亡くなった時にクラーク家へ養子に出された。十二歳だったかな」
「どこで暮らしていたの?」
「帝都のキリウ街だ」
キリウ街は平民の地区だが治安が良く、中流階級で教養のある人間が多い快適な所だ。
「なあんだ。キリウあたりなら虐げられていたとかじゃないんだね。家も養育費もちゃんともらって大切に育てられた系」
「苦労知らずとでも言いたいのか」
「うん。チョロすぎて迷惑」
「あんた・・・」
「娼婦はみんなかわいそう、庇護してあげなきゃって、馬鹿すぎるよ、あんた」
テーブルの上で手を強く握りしめているのを眺めながら、ミカは続けた。
「ねえ、挙式後、そのおかわいそうなコンスタンス様を何回抱いた?アタシは少なくとも、御者の事件以後今日まで二回はしっぽりやったと思ってる」
「・・・っ」
突然の発言にヘレナは飲んでいた紅茶をうっかり気管に入れてしまい呼吸困難になる。
慌てて隣のシエルが背中を撫で、回復治療を行った。
「・・・は?・・・何言って・・・」
「匂うんだよ。あんたの身体から、あの女の匂いがプンプンする。スミス家って獣人の血が混じっているらしくてさ、アタシ、嗅覚がちょっと人とは違うんだ。なんでか誰と誰が交尾したかわかるんだよね」
ミカがコンスタンスに会おうと思った理由の一つは、彼女の体臭を確認するためだった。
それと。
「アレは娼婦の中の娼婦だね。悪い意味じゃないよ?娼婦という職業の達人だって言ってるんだ。だって、今日あたしとすれ違った男たちの中であの女の匂いがしないのって、コールさんだけだった」
要するに、男性の使用人はほぼ制圧しているだろう。
「そんなわけないだろう!!いい加減なこというな!! 」
クラークは思わずテーブルを叩いて怒鳴る。
「んー。なら、正確に言うよ?御者が殺された夜と、昨夜、ヤッたよね?ほかの日は特定できないけどあと一回か二回あったかな?」
指折り数えてミカが尋ねると、まさにその通りだったということが顔にはっきり出ていた。
「・・・っ。だって、仕方ないじゃないか。ジャンの死に顔が浮かんで眠れない、怖いと泣くから・・・」
頭を抱えて呻くクラークに、おそるおそるヘレナが挙手して尋ねた。
「あの・・・。もしかしてですが、高貴な生まれのリチャード様には言えないとか、あなただから言える何とか?」
「なんでそれを・・・まさか、あんたも・・・」
はっと顔を上げ、ミカのようになんらかの特別な能力を持っていると疑いをかけられてヘレナは苦笑いする。
「いや・・・。私、生活魔法しか使えません。ただ、野菜屋のおかみさんが貸してくれた恋愛小説の中にそんな言葉があったなって・・・」
「つまりは、常套句・・・」
クラークから一番遠い席のシエルがぽそっと呟いたのが、静まり返った部屋の中にはっきりと落ちた。
「・・・は?」
「まさかそんな安い台詞に絆されるとは、ほんとチョロすぎるよクラークさん。ってか、『怖いの』とかすがられて、そこでなんで身体で慰める展開になるのかアタシ全然わかんない。ねえ、ゴドリー夫妻は大恋愛の末の新婚なんだよね?まだ一か月経っていないし、抱いてほしけりゃ亭主のベッドに戻ればいいだけなのに、なんでわざわざ部下のところに行くの?あんたたちがしていることって、不貞行為で裁かれてもおかしくないんだよ。幸い、正式な結婚じゃないから大丈夫だけどさ。・・・あ、もしかして、だから何回もやったとか?」
ずけずけと指摘され、クラークは言葉もない。
「あの女、ほんっとすごいと思うよ。リチャードをくたくたにさせて、その隙にホランドと遊んで、更に余った時間でクラークの部屋に転がり込んで、ついでに使用人を巡回するって。女の使用人たちは金かな?うまーく転がしてる」
「やはり、魅了ではなかったのですね」
シエルも当初は魔力を使っての魅了を疑っていた。
しかし、館全体の人間の数を考えると無理がある。
高性能の魔道具を使っているという可能性は否定できないが。
「うん。アタシも最初は魅了かな?って思っていたんだけどさ。今日の感じでは魔力は本当にたいしたことないんだよ。娼婦の手練手管を極めているんだね」
「手練手管・・・。あれが・・・?」
テリーはあきれ返った様子で首を振った。
「三文芝居だったじゃないか。明らかな嘘泣きで。指の間から馬鹿にしたように俺たちを見ていたよな」
あんな安い芝居に引っかかっているリチャード、ホランド、クラークの三人のさまは、テリーからすれば笑いを通り越して恐れすら感じた。
「俺は魅了でもかかっているのかと思うくらいだったよ。あの一貫性のない人格設定でどうしてみんな信じ込んでいるんだか理解できない」
あのコンスタンスにテリーは一切の魅力を感じなかった。
むしろげんなりして、早く帰りたいと何度も思った。
しかし、あの屋敷にいる男たちにはたまらないというわけか。
本当に道具なしというならば、浅慮に見えて実はこの上なく恐ろしい女ということになる。
「うーん。一貫性がないから、ミステリアスに見えて魅力が増すとか?」
話が長くなりそうなので、とうとうパールを膝に抱えて暖を取り始めたヘレナは首をかしげる。
「だからさ。そこが娼婦らしいところかなって。二十代後半の女性が少女のように甘えたり拗ねたりってアタシらにはあり得ないけど、その意外性が男たちの心臓をぶち抜くんじゃない?ええと・・・。ほら、暴れ馬効果?いつ振り落とされるかわからなくてワクワクするって感じ?」
「暴れ馬効果って言葉、初めて聞きました・・・」




