お呼びだそうです
「今日こそは本邸へ顔を出してもらえないか」
門柱の前に馬車を横付けし、ヴァン・クラークが少し言いづらそうに切り出した。
「大変申し訳ありませんが、今日もちょっと・・・。領地へ戻られる方々の御用聞きで多忙のため、今しばらくお待ちくださいとお伝えしたはずなのですが・・・」
テリー・ラッセルは腕を組んで仁王立ちし、いかにも作り笑顔で応対する。
噓ではない。
主だった社交界行事が終わり、冬を領地で過ごすために戻る一部の貴族たちが大移動を始めている。
旅支度や土産物を用立てる時こそ商会の腕の見せ所で、ここを出ればてんやわんやの大忙しだ。
「いや、数日おきにここへ来ているのはばれているのだから、そりゃ通じないだろう」
「こちらへ通うのはあくまでもストラザーン家との契約ですから」
大盛況だったラザノ夫妻の挙式から数日後、別邸に荷物を届けたテリーの元へ本邸から使いが来た。
依頼したいことがあるので、即刻顔を出すようにと。
高飛車な態度に、テリーは丁寧な断り文句を打ち返し、その後無視を貫いている。
商人としてあるまじきだが、相手の出方を見るために少しじらしてみるかと考えたからだ。
すると、今度はヴァン・クラークを使いに寄こしてきたというわけだ。
「そこはよくわかっている。しかしだな・・・」
食い下がる理由は一つしかない。
わかっていながら試す。
彼は、どのくらい染まっているのかを。
「いい機会だからそろそろ行ってみようよ、テリー。アタシ、ちょっと本邸の中に興味あるんだよね」
ひょっこりと玄関の扉から顔をのぞかせミカが口をはさむ。
「あの豪邸、どうやって維持してんだか興味あるなあ」
興味津々で、目がキラキラと輝いている。
「ミカ・・・お前ってヤツは・・・」
テリーは額を抑え、唸る。
「どうした。何事だ」
今度は、馬に乗ったヒルがやってきた。
「団長さん・・・。暇なの?」
「いや・・・。騎士団へ戻る途中だったが本邸の馬車が停まっているのが見えたから。で、どうしたんだ」
「ああ。ここ一週間くらいかな。毎日、本邸からテリーを寄こせってうるさくて。言ってなかったっけ?」
挙式後、さすがにヒルは騎士団の宿舎へ戻った。
シエルもクリスもそうだが、宿直用に改変した応接間の仕様はそのまま残してある。
「初耳だ」
最近はさすがのリチャードも王宮へ出仕するようになり、その時はクラークかヒルが交代で副官としてついていくことが増え、そうしょっちゅう別邸へ顔を出すわけにもいかなくなった。
「テリーを含め商会全体マジで忙しいんだけどねぇ。ま、ついでに『奥様』にご挨拶しようかな。アタシ侍女でーすって」
「ところでちびはどうした。具合悪いのか?」
この騒ぎの中、ヘレナが顔を出さないのは珍しい。
「ううん。引越し前に受けていた仕事があってね。やっとそれが終わったから、今はパールをお腹にのっけて寝ているよ」
「そうか・・・。ならいいが」
ふう、とヒルがため息をつく。
「しかし、ちびを一人にするのは危なくないか?」
「ああ、大丈夫。今日は魔導士さん来てて、ヘレナを見てくれてるから」
「ええ、私がいるのでどうぞご心配なく」
今度は呼ばれてなんとやらのシエルが現れる。
「どうぞ皆さん行ってきてください。こじれると面倒なことになりそうな予感がするので、早く終わらせた方が良いと思いますよ?」
元神職のシエルが言うと、予言めいていてしゃれにならない。
「あはー。もっとこじらせてみたかったんだけどね。じゃ、行こうか」
ぽん、とテリーの腕を叩いてミカが促すと、彼は深々とため息をついた。
「はいはい・・・」
「すまない、こちらとしては助かる」
クラークが馬車の扉を開けてテリーたちを乗せる。
そこへシエルが近づき、ぽんっとクラークの肩を叩いた。
「板挟み、ご苦労様です」
「あんた・・・。面白がっているだろう」
「そんなまさか」
シエルは目を開き、大げさに驚いて見せる。
「待て、俺もいく」
馬の手綱を玄関脇につなぎ、ヒルが馬車に乗り込んだ。
「みなさんお気をつけて」
クラークが扉を閉じ、馬車が動き出す。
にこやかに見送るシエルへ窓越しに小さく手を振りながら、ミカはにいいっと笑った。
「ふうん・・・。なんか面白いことになるかも」




