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新たな流行



「それはもう、素晴らしい結婚式でしたわ」


 とある令嬢がうっとりとため息をつく。


「まあ、私も知っていたら見に行きましたのに」


 同席している他の令嬢たちは、心から残念そうな声を上げた。




 帝都で指折りのドレスメーカーである『イオナ』は、一階に大きなコンサバトリーを作り、そこで衣装の注文に訪れた貴族の子女たちに軽食を振舞いもてなし、さらなる人気を博していた。


 テーブルの間隔をゆったりと配置し、鉢植えや異国情緒あふれる衝立や高級家具などが他の客同士の視界を遮り、程よくプライバシーが保てるようになっているため、予約時間より早めに訪れ、居心地の良い空間で気の合う令嬢同士でゆっくりお茶と会話を楽しみながら順番が来るのを待つ。


 たとえ、前の客の対応に手間取って待たされたとしても、ティールームで過ごすこと自体がステータスなので、不満を言う者はいない。


 それが評判となり、この『イオナ』自体が社交場の一つとなった。


 たとえ席を離されていたとしても個室でない以上、興奮気味に話す噂話というものは他者の耳に届きやすい。



 貴族社会の流れを知るには、最適な場所でもある。




「会場の装飾も演出も、どれも素晴らしかったけれど、やはり一番は新郎新婦とその衣装ですわね」


 話題の中心は、数日前に魔導士庁で行われた結婚式だった。


 伯爵以上の高位貴族の令嬢が数名、テーブルを囲んで興奮気味に身を乗り出し話し込んでいる。


「そういえば、ずいぶん変わった衣装だったとか。そもそもラザノ様は騎士職だけに女性としては背が高いほうですが、お相手は?」


 魔導士庁の騎士団一の美女、スカーレット・ラザノは男装の麗人として令嬢たちにひそかに人気だった。


「それが、お相手の魔導士がまた途方もなく美しくて。まるでエルフ族のように儚げですが同じ背格好なので揃いの衣装がとてもお似合いでしたの。デザインも東国風で素敵でしたが施された刺繍もヴェールもそれはもう・・・」


 ラザノではなく、婿になるはずの魔導士が短いヴェールを被り小さなブーケを持ったことももちろん、注目の的だ。


 しかしたとえ前代未聞の結婚式であろうとも、それが視覚的に圧倒的な美であったならばあっさり許されるのは世の常。


 二人がぴったりと寄り添うことで完成する衣装だということも、夢見がちな独身令嬢たちの乙女心を打ち抜き悶えさせた。



「そういえば、その衣装、『イオナ』ではないのですよね。ならどちらなのかしら」


「それが・・・。『アリ・アドネ』とかいう、まだ無名の方らしく・・・」


 列席者の中には、長官のバウムや司会進行を務めたラッセルたちに詰め寄り、衣装の出どころを聞き出そうとしたらしく、そこから様々な情報が広がっていく。


「まあ、『アリ・アドネ』?私、存じていますわ。ちょうど今日持参したレースのハンカチがその作家のものなの」


 令嬢の一人がバッグから大判のハンカチを取り出してテーブルに広げると、全員が一斉に見ようと首を伸ばす。


「まあ、これが・・・。針のあともきめ細やかで素敵ねえ。どちらで手に入れたのでしょう」


「贈ってくれた婚約者が言うには、ラッセル商会だとか・・・。気に入ったので姉の子どもの洗礼式の衣装をお願いしようとしたのですが、知る人ぞ知るらしく、依頼が殺到しているとかで断られましたわ」


 結局、一人一人手に取って細部を鑑賞し、さもありなんとうなずき合う。


「『アリ・アドネ』なら私も噂で聞いたことがあります。先日のヴェルファイア公爵令嬢のデビュタントのドレス、レースと一部の刺繍は『アリ・アドネ』だったとか。パーツ専門で正体不明のお針子だそうですよ」


 令嬢たちの中で一番豪華なドレスを身に着けているのは侯爵令嬢だろうか。


 地位が高く、裕福であるほど情報が早い。


「まあ、そのお針子がデザインして作ったというの?私も注文してみたいわ」


 『イオナ』のドレスは当然令嬢たちの定番のステータスだ。


 しかし今、それと同じくする流行が生まれつつあった。



 『アリ・アドネ』。



 手に入りにくい品を手に入れて身に着けるということは、地位、財力、そして求愛の有無を周囲に見せつける絶好の機会だ。





「なるほど、『アリ・アドネ』ね・・・」


 衝立をはさんで窓際にゆったりと座り、紅茶の香りを楽しんでいた貴婦人は笑みを浮かべた。


 最新の流行で最高級素材を使ったドレスを身に着け、上品な仕草で茶器をテーブルに戻す。


「ラッセル商会って、最近うちにも出入りしていたわよね?」


 向かいに座り背筋を伸ばす若い女性は、それなりの衣装だがみるからに付き添いの侍女だった。


「はい」


「なら、次の訪問の時は必ず、私の元へ出向くように言いなさい」


 気だるげに首を傾け耳たぶの大きな真珠に手をやるその姿は、窓から降り注ぐ光を浴びて見る者たちが息をのむほど美しく、肩を流れるつやつやとした黒髪が退廃的な空気を放つ。


「畏まりました、コンスタンス様」


 にいっと目を細めると、サファイアのような瞳から青い光がこぼれた。


「楽しみね。リックならきっと・・・」



 愛の価値とは、示してこそ。



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