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つるばらのつばさ


 この日、魔導士庁での久々の結婚式ということもあり、職員たちは腕によりをかけた。


 まずは正門から待合室として開放された食堂と式場となる庭園以外に部外者が入らないよう保安術を強化し、何人たりとも迷い込むことがないよう、野茨の誘導柵とアーチを設置した。


 ちなみにその誘導柵はヘレナのために作った魔改造野茨の改良型だ。


 無理に突破しようとする者は素早く優しく絡め捕るといった捕縛性能を強化したもので、結婚式に映えるよう調整した白い花が清楚に咲き誇り、傍目には魔導士庁は造園が趣味の職員が多いとしか見えないだろう。


 ついでに保護魔法も発動し、晩秋の寒さから参列者を守るようにシールドがかけられ、快適だった。おかげでヘレナはヒルに上着を着ろだのなんだの構われずに済んだ。


 参列者たちが座っているのは魔道具師たち製作の改良椅子で、もともと討伐に出る騎士団たちのために移動設置が楽な物が作られた。


 司祭とシエルが待つ祭壇があるガゼボ周辺の設営はラッセル商会が請け負い、ラッセルの姉のマリアムが考案した清らかで甘さのある飾りつけは令嬢たちに大好評だ。


 それぞれが短い準備期間に全力投球した結果、結婚式でもあり魔導士庁主催の展示会もしくは文化祭の様相を呈していた。


 そんな中、進行係を務めたのはテリー・ラッセルだった。



『二人が入場します』



 彼の宣言とともに、音楽が流れる。


 弦と鍵盤を組み合わせた楽器・ニッケルハルパと縦笛の伴奏に、数人の女性たちが古典的な聖歌を歌い出すと、荘厳な空気が醸し出されてきた。


 彼女たちは、ゴドリー伯がヘレナと結婚式を挙げたマイセル教会で合奏していた人々で、ハーンとは付き合いが長い。式のことを聞きつけて演奏を買って出た。


 新郎側後見人にサイモン・シエル、新婦側後見人に魔導士庁長官ヴオルフガング・バウム、式の証人としてカタリナ・ストラザーン伯爵夫妻という、色々な意味でそうそうたる面々。


 隠居がてらストラザーン家の直属になった司祭は艶のある真っ白な長い髪と髭が絶妙な威厳ある古老で、彼らが並び立つガゼボはまるで一枚の絵のようになっていた。


 そんな状態で祭壇近くの位置に立たねばならないヘレナは気が遠くなりそうだ。



「ラザノ様、どうか段取り通りにしてくださいね・・・」



 二時間ほど前、着付けついでに色々ちょっとあった。


 ラザノは畏まった場が嫌いだ。


 当初は軽く数人の立会いのみのつもりだった挙式が蓋を開けてみたら大掛かりになり、へそを曲げたのを長官とカタリナが説き伏せた。


 というか、最終的にハーンがほっぺたにキスを一つしたらあっさり解決したのを見た時、全員『最初からハーンに丸め込ませればよかった・・・』と思った。


 直前になって進行を決めたから仕方ないが、これはもう祈るしかない。



「あ、お出ましのようだね」


 耳ざといミカがつぶやく。


 どうやら控室から二人が出て来たらしい。


 祭壇までの誘導役はマリアムに頼んだ。


 ラッセル商会が采配を振るったおかげでなんとかここまでこぎつけたと言える。



「うわ・・・」


「これは・・・」



 背後からのざわめきに振り返ると、二人が精一杯の努力でゆっくり歩いてくる。


 騎士のラザノは大股で常に速足だ。


 まずはそれをカタリナとマリアムが矯正することから始まったおよそ一時間の苦行を思い出し、その成果に関係者一同涙した。


 そのようなわけで、ハーンが背中の真ん中までのヴェールを被って片手に白と薄紅の優雅なブーケを持ち、ラザノと指を絡め合っていた。


 ふたりの身長はほぼ同じだが、助祭だったハーンの方が体つきは薄く、全体的に細く見える。


 対してラザノは日ごろ鍛錬をしているだけにしっかりと筋肉が付き、胸も前に出ている。


 同じデザインの服でありながら、体にぴったりと沿わせて縫われたそれは男女の違いがはっきり出ていた。


 上着はロングコートスタイルで丈はくるぶし近くまであり、関節二本分程度の立襟に鎖骨からまっすぐと細かく並ぶくるみ釦は臍の上まで終わり、同じく腰骨の上まで入った両脇のスリットと相まって裾が歩くたび優雅にはためく。


 二人とも上着より薄手の光沢のある絹を使ったハイウエストのパンツを下に履き、裾に向かってやや広がるデザインのそれは全体的にゆったりしているため、一緒にさわさわとまるでドレスの裾裁きのような衣擦れの音をたて、二人ともパンツスーツを着ているのか、それともドレスを着ているのかわからない、見る者にそんな感覚を与えた。



 そしてミカには『執念が詰まっている』とまで評されたヴェールはふんわりと肩にかかる程度の長さで、裾から頭頂部にむけて細やかなツルバラが伸びており、ハーンの細い首筋や頤を少しだけ隠した。


 ヘレナの思い描いたコンセプトは『見せたいような見せたくないような』。


 ようはハーンの美貌のチラ見せだ。


 案の定、ラザノには満足頂いた。


 柔らかく短いハーンの髪の毛にヴェールを固定するのは難しかったため、透明な糸を組み合わせたティアラのようなものを作り、遠目には何も留められていないように見せている。


 ハーンの小さな頭から垂れるオーガンジーがかすかな風に揺らめいた。


 ラザノは葡萄酒のような赤い色の長い髪を一本のみつあみにして右肩から前に垂らし、堂々と胸をそらして誇らしげに歩く。


 やがて二人は多くの人の祝福を受けながら予定通りに祭壇にたどり着いた。



 今こそ、ヘレナが最初から考えていた演出が生かされる時だ。



「・・・なるほど。姉さんはこれを狙っていたんだね」


 ぽつりとクリスが声を落とした。


「ええ」


 二人が指を絡め合い、腕をぴたりと寄せ合って並び立つと、背中に施した刺繍が完成する。



「翼なのか。二人で一羽になる」



 ラザノは左の腰から右の肩へ、ハーンは右の腰から左の肩へ。


 古典的な地模様の入った純白の絹織物に、薄い緑色を数色と、銀糸と、金糸。


 細いつるばらの枝が小さな葉を散らしつつ伸ばし小さな蕾や花を咲かせつつも、ゆるくたわむ様子を描いた。


 支えなしで天に向かって伸びる自然のさまを写し取り、枝が重なり合い、それらがまるで翼に見えるように。



「うん。だって、ぴったりでしょう」



 比翼連理。


 この言葉が似あう二人だと思ったから。

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