思春期はどっちだ
「おい。お前」
門柱の向こうからの呼びかけに、クリスは首をかしげる。
ストラザーンからの荷物を運び終え、庭に放たれた家畜の様子を見にパールを抱いて玄関から出たところだった。
「何か御用ですか?」
「お前、何者だ。それにその犬は……」
「ああ。この子は番犬としてきたばかりの新入りです。なんでもオオカミの血が混じっているらしいですよ」
パールの両脇に手を入れ男に向かって掲げて見せたが、手のひらに尋常ならぬ振動を感じる。
「あれ。唸っているの、お前」
顔を覗き込むと、小さな乳歯をむき出しにしていた。
どうやらこの男のことが気に食わないようだ。
「はっ。雑種犬ごときが」
金細工のようにキラキラ輝く髪にガラスのように透き通った青い眼の美形は、悪態をつきながらも決して門柱より中へ入ろうとはしない。
「あの。俺はまだここの事情がよく分かりません。御用がおありでしたら中へ入られてはいかがですか」
可愛くうなり続けるパールをしっかり抱いて額に頬を寄せながら提案すると、男はつんと高慢に顎を上げてクリスを見下ろす。
「その地味顔に、汚い黒髪、くすんだ眼、弟か」
「……それはあえて、リチャード・ゴドリー伯爵の妻の弟かと、尋ねておられるのでしょうか」
「な……っ。金で買った形ばかりの妻だ」
「形ばかりと言えども、教会と国へ正式な届けを提出しましたよね? 主君の妻の弟と解っていながら、そういう物言いって家臣としてアリなのですか? ずいぶん躾の緩い家だなあ」
「この……」
かっとなった男が思わず一歩踏み出すと、門柱の両脇から茨がざざーっと音を立て何本も一斉に蔓を伸ばし絡み合い、彼の前を完全に塞いだ。
「あ、こうなるんだ。面白いですね!」
『悪意のある者を阻む門柱』と魔導士のシエルには聞いていたが、半信半疑だった。
何せ、クリスの日常生活でこれほどのものを見たことがなかったのだから。
「ちっ……。わざと挑発したな、お前」
男が後ろに下がると、またざーっと音を立てて蔓は門柱へと戻っていった。
「子供の挑発にやすやすとのってしまうのって、秘書官としてどうなのですか。ライアン・ホランド卿」
「知っていたのか」
「ええ。叔母からテンプレな美形が一人、反抗期真っ最中だって聞いていたので」
腕の中の子犬がふりふりふりと尻尾を振り回す。
「……その性格の悪さは確かに叔母譲りだな」
「あなた、本当に命が惜しくないのですね。どれだけホランド家で甘やかされて育ったのですか」
まあカタリナの耳に入れたところで、鼻で笑って終わるだろうが。
「犯罪者の息子が! 何を偉そうに」
門柱の向こうから、整った顔を悔し気にゆがめ、ホランドが吠える。
「犯罪者? 別に父は……。そうですね。あなた方に姉を売り飛ばしたことが罪だと言えばそうですが」
「他にもいろいろあるだろう。ハンス・ブライトンの余罪は明らかだ。煙のないところに火は立たないって言うじゃないか」
「うーん。もしかして、『羽振りの良いころは金にものを言わせ、人身売買や薬物の密輸、高位令嬢を騙して純潔を奪っていた』とか。そういうのですか?」
「まさにそれだ!」
我が意を得たりといわんばかりのホランドの近くへ、すたすたとクリスは足を進めた。
「うん。それはデマですから、どうぞ安心してください」
「は? 都中の誰もが知っている話なのにそれはないだろう」
「都市伝説と一緒ですよ。面白い話程どんどん広まる」
「いや、少なくとも俺は真実を知っている。最後の……」
「『高位貴族の令嬢を騙して妊娠させた』ですか?」
「そうだ」
門柱の境界線ぎりぎりでクリスは立ち止まり、ホランドを見上げた。
「人違いです」
「そんなはずは……っ」
「あり得ない。その件に関しては事実無根だ。あなたも情報ギルドからそう教えられたはずだ」
「な……っ。そんなの、金の力でいくらでも……っ」
「ならないんだよ、しつこいな」
変声したばかりの高い声が、急に低くなる。
「良いからよく聞け、ライアン・ホランド」
「……っ」
青みがかった灰色の眼が強く光り、ホランドは一瞬気圧される。
「もしもそれが真実なら、なぜこの年までハンスは生きている?」
二人の間を、さわさわと茨のざわめきが通り過ぎる。
「……は?」
「俺に権力があるなら、そんな奴はとっとと殺すよ」
声をさらに低めて囁く。
「大切な家族を弄んだんだ。当然だろう。もっとも苦しむ方法で散々なぶった後に殺して裸で路地裏に捨てる。ついでに放蕩息子を放置した家族も絶対許さない。力があるなら何か罪状をぶち上げて爵位も領地も金も全部取り上げて放り出すか、子供に至るまで全員事故死だよな」
残酷な言葉の数々を並べ立てホランドを追い詰めた。
「お前。子どものくせに……」
十も歳上の男がたじたじとなったのを見てふうと息をつくと、クリスは子犬をあやす平凡な少年に戻る。
「でも、それが高位貴族のやり口でしょう? あなた方が今、こうして姉を閉じ込めているように」
ちらりと背後の屋敷に目をやり、真っ向から非難する。
「それとこれは違う。あくまでも取引だ。俺たちはお前らと違うんだ」
限りなく透明で美しい光を放つ青い目が揺らぐ。
「そうですか。なら、好きなようにお考え下さい」
「言われなくても」
ホランドは背を向け、本邸へ向かって歩き出した。
「ホランド卿」
「なんだ」
振り返ることなく、ただ立ち止まる。
「あなたの知りたい『真実』は、もっと身近で信用できる人に聞くべきです」
声が風にのって流れていく。
「知る覚悟があるなら、ですが」
現実はとらえ方によっては恐ろしく残酷になる。
それに、この男は耐えられるだろうか。
「……」
一拍置いて、ホランドは足を進めた。
「雑種が偉そうに……」
幼稚な捨て台詞に、クリスは思わず笑ってしまった。
「ほんとに、思春期なんだ……。結局、何しに来たのあの人」
独り言はさすがに届かない。
「さてパール、帰ろうか」
甘える子犬の額に口づけし、クリスも来た道を帰る。
「そもそも、ブライトンは超絶貧乏なのにどうやって情報操作するんだよ。考えればわかる事なのにさ。とにかくなんだかなあ。めんどくさいなあ、あれ」
大人なのに、子供。
全身から針を出して威嚇しては、他人を試している。
哀れな、とは思う。
しかし、姉を振り回してくれた件を簡単に許す気はない。
今後の様子をとりあえず見守ろう。
「頼りにしているよ、パール」
「あうん!」と子犬は応えた。




