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さあ、お仕事だ

 ラザノ夫妻の採寸を終え門まで送り出した後、テリーはすぐにヘレナに詰め寄った。


「ヘレナ。あのデザインはいくらなんでも無謀すぎる。しかもヴェールも凝ったものを作る気でいるだろう」


 言葉遣いがいつもの調子に戻っている。


「ばれましたか」


 ぺろりと舌を出すと、この・・・とテリーは眉を吊り上げ思わず悪態をつきかけたが、それを飲み込みあきらめの表情になった。


「ああ……もう。わかった。だけどな。手袋は妥協しろ。うちの最上級の品を出すから、そこまでは凝るな」


「仕方ないですね。でも、もし時間があれば……」


 ヘレナの未練をすぐさま断ち切る。


「もしもは、ない。絶対にない。二人の名前刺繍入りで最高峰の職人に作らせるからな。その上に更に何かを縫い込もうとすると親方への冒涜になるぞ」


「あ、ひどい。ちょっと細工を追加したかったのに」


「ひどくない。俺の勘が、これ以上欲張ると間に合わないと言っているんだ、あきらめろ」


 にべもない様にヘレナは少し口を尖らせた。


「えええ……。ならせめて、こちらの生地はフィフス工房にお願いできますか」


 フィフスは上位貴族が式典時の礼服に用いる生地を主に製作する絹織物の伝統技能工房だ。

 本来なら注文して織ってもらうべきだが時間がない。

 しかし、万が一に備えてひそかに様々な生地を貯蔵しているのを、下請けをしているうちにヘレナは知った。

 だから、顔の広いラッセル商会の力で融通してもらう魂胆だった。


「ああ、ああ。わかってる。明日の午前中には生地を数点貰ってくる。上着は厚手で地模様が入っている方が良いんだな?」


 長い付き合いだけに、彼はヘレナの好みを熟知している。


「はい、できれば」


「だが、あれは織が緻密な分、針を通すのも一苦労だ。時間がかかるぞ」


 全てを放り出して、製作に集中せねばならないだろう。

 しかし、ヘレナの新たな門出にこれほどぴったりな事はないだろうと思った。


「そうですよね。なんだか燃えてきました」


「いや、ようやくまともに寝られるようになったばかりなのに、身体は大丈夫なのか」


「まあ……その辺は。ちょっと魔導士庁の皆様のお力をお借りすれば?」


 運の良いことに、我が家には最強の魔導士が滞在しておられる。

 そういや、彼はなんだかんだ便宜を図ってくれているが、そればいつまで可能だろうか。


「回復ポーションか……」


 テリーは頭を抱えてうなる。


「……ポーションに頼って無理を続けると、後でしっかり身体に反動が来ることは分かっているよな?」


「ええ、まあ。でも、今はやるべき時だと思うのですよね。お二人に恩返しをしたい気持ちももちろんですが、何よりも実績を一つ作れば、ご当主夫妻も私の暮らしに口を出さないかなと」


 もちろん、今回の式服の諸経費と手間賃をとるつもりはない。

 申し訳ないがいったん叔母に立て替えてもらい、手仕事を再開することによりこつこつと返すつもりだ。


 しかし、ヘレナの仕事内容がレース作りや部分刺繍ではおそらく貴族の男性はピンとこない。

 平穏な日々を送るためにも、具体的にどのような暮らしをするのかを示したかった。


「……わかった。こんな無茶をするのは今回限りにしてくれよ。できるだけ俺たちも協力するから」


 噛んで含めるようにテリーに諭されたが、ヘレナは頷きながらも頭の中で別のことを考え始めていた。


「ありがとうございます。まずは、刺しゅう糸としつけ糸、それにこの号数の縫い糸と縫い針、木枠の追加をお願いします。あと、トルソーが必要ですね」


 リド・ハーンのヴェールはすでに手元にある絹のオーガンジーを使おう。

 今のうちに裾の刺繍を入れてしまう方が今後のためにも良いだろう。


「わかっている。二着仕立てるのに必要な道具を全て明日の昼前に揃えて運び込むから、今夜はもうおとなしく眠るんだぞ」


「はい、わかりました。大丈夫です」


 前の部分は鎖骨にかかる程度、後ろは肩甲骨程度の長さで、背中の刺繍に邪魔にならないように作らねば。

 モチーフは何にしよう。

 ハーンの雰囲気に合った蔦とミニ薔薇にするか、ラザノの美貌に合わせて大輪の花にするか。

 さっそくデザイン画を描いてみないと。


 ヘレナがもうすでに上の空になっているのに気づいたテリーは、マーサとミカへ手招きをした。


「あれは。もう、ダメだな……」


 膝の上のフェンリル犬をゆっくり撫でながら、脳は別の世界で高速回転しているのが想像できる。


「そうですね。ヘレナ様は仕事となるとどうしても夢中になってしまうから……」


「噂にはちょっと聞いていたんだけど、すごいな。こんなんなんだね」


 三人で額を寄せ合い、今後を話し合う。


「もう夕飯のシチューはできていると言ったな。なら、マーサはとりあえず今から俺と帰宅して、いったん休んでほしい。そして昼の納品の時にまた同行して、食事を作ってほしい」


「はい。もとよりそのつもりです」


「ミカはヘレナの補助。この様子だと今夜から式の当日まで休みなしになるだろう」


「家畜の世話は大したことないし、食事も私でまかなえると思うけど?」


 母親ほどではないが、ミカも料理全般はできる。

 疑問を投げかけると、テリーは首を振る。


「前にクリスが言っていたんだ。『ねえさんは針仕事に没頭したら人間じゃなくなる。それが困難な仕事であればあるほど』って。おそらく強制的に口に突っ込まないと水分すら摂らなくなる」


「え……。そこまでなの」


「『神様が下りてきているような感じ』だそうだ。明後日は学校が休みだから彼をここに連れて来られると思う。どう対処すればよいかはその時に聞こう」


 父、ハンス・ブライトンが数日間不在の間に大きな仕事を依頼したことがある。

 その時のヘレナが集中しすぎて大変だったと苦情を言われて以来、回す仕事に気を付けていた。


「うわ、それはアタシの手に余るわ」


 家族を養うためにやむなく始めた内職が、今はヘレナの中心になりつつある。

 確かに、今後を占う為にも良いかもしれない。


「とりあえず、階下の二人にも話を通しておくか」


 正直なところ、ミカが到着した時点で彼らは解散してもらうつもりだったが。

 どうやら延長をお願いすることになりそうだ。


 テリーはマーサを伴い、階段へ向かった。




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