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魔獣九割、雑種犬


「ヘレナ様。お渡ししたいのはこの子です。番犬をご所望だとお聞きしたので」



 ひよこの産毛のようなふわふわの薄い色で短めの金髪と練乳のような肌、そしてうっすらと水色に染めたオパールのような瞳で、ヘレナを見下ろし笑いかける。


 魔導士の白いローブと相まって、宗教画の天使のようだ。


 隣に立つラザノはもちろん彼の腰に片手を回したままで、うっとりとその顔を見つめている。



「ハーン様。この子は・・・子犬のようですが・・・」


 彼の細い腕に抱かれているのは、白い毛並みがふわふわしている獣。


 布袋からにょきっと顔と前足を出して、はっはっはっとヘレナにミルクの匂いのする息を吹きかけた。


 子供特有の低い鼻、瞳はハーンのように水色に見える。


 しかし。



「犬ではないですね?」


「いえ、犬ですよ。ちょっと色々混じった、雑種犬です」


 二回、『犬』と強調した。


 しかし、ヘレナはもう魔導士庁所属者の『常識』の洗礼を受けた後である。


 美形の笑顔に騙されてはならない。

 清らかであればあるほど、それは。



「・・・では、二割犬ですか」


「惜しい。一割犬です。いや、五分でしょうか」


 ほら来た。

 はい来た。



「・・・それでも犬なのですね・・・」


「はい、犬です。九割フェンリルですが」



 あくまでも、『犬』なのだ。


 五分を切り捨て、笑顔で押し切るリド・ハーン・ラザノ新婚魔導士。



「やっぱり。そんなことだろうと・・・」



 今度は、フェンリルと掛け合わせた魔改造犬が来た・・・。



「あうっ!!」


 大興奮のフェンリル犬は、己が注目されているのが嬉しいらしく、ばたばたと身体をよじる。



「ヘレナ様。さくっと契約してしまえばある程度おとなしくなりますから、今すぐしましょう」


「え、契約?私で大丈夫なのですか?私よりハーン様かシエル様が適任だと思いますが・・・」


 ヘレナに向かってじたばたと前足を伸ばす犬を見かねて、ラザノが引き取り、耳元に何事か呟くと、途端にしおしおと静かになった。



「・・・それか、ラザノ様とか」


 急にきりっとした顔つきになり、じっとヘレナとハーンを見守っている。


 ラザノが主で良いのではないだろうか。



「いえ。この子はヘレナ様が大好きなので」


「あの。先ほどから気になっていたのですが、この子とは初対面なのにどうして・・・」


「ああ、それはですね」


 ハーンが口を開いた瞬間、シエルがはっと息をのみ止めに入りたそうなそぶりだったが、ミカが腕を引き邪魔をしたのが目の端に映る。


「この子の寝床にヘレナ様の匂いを付けて、毎日「お前のご主人様の匂いだよ」って教えていたからです」


「ほう・・・。なるほど」


 子犬に目をやると、つぶらな瞳できゅるんとヘレナを見上げた。


 うん。

 かわいいな。

 気に入った。


 だがしかし。



「その匂いの元はどこから手に入れたのでしょう」


 なんとなくシエルのうめき声のようなものが聞こえた気がするけれど、今はそれを黙殺する。


「弟君のクリス様から、ブライトン家から引き揚げたヘレナ様の寝具を譲り受けまして・・・」


「ハーン、そこまで!」


 シエルが割って入った。


「ま、誠に申し訳ありませんが、それ以上はどうか・・・」


 子細承知らしい彼はしどろもどろになっている。


「なるほど」


 引っ越しの荷造りの時間がなかったため、ブライトン子爵邸を引き払う時にとりあえず一切合切ストラザーン伯爵の倉庫へ移した。


 その荷の中には直前までヘレナが使っていた毛布や枕があったはずだ。


 どうやら魔導士庁から依頼を受けたクリスが引き渡し、それを今回利用したらしい。



「どうりでその布袋、見おぼえあるなあと思ったのですよ。私の枕カバーの再利用ですね」


 もう、何があっても驚かない。

 さすがに下着までは渡していないとお姉ちゃんは信じているよ、クリス。

 シエルの慌てぶりがいささか気になるところだが、それは忘れる。


「ご明察。さすがはヘレナ様だなあ」


 あっけらかんと笑うハーンに、シエルは死にそうな声でつぶやく。


「リド・・・。おまえという子はどうしてそう・・・」


 お兄ちゃんは大変だ。




「話は分かりました。最初からこの子を私のものにするために魔導士庁の皆さまがいろいろご準備されたなら異論はありません。どうすればよいのですか」


「簡単です、名前を決めてあげてください。手順としてはそうですね。ご自分の名前をまず唱え、この子の名前、そして契約すると宣言し口づけ。…そんな感じで大丈夫です」


「ちなみにこの子は雄ですか、雌ですか?」


「メスです。狩猟にしても攻撃にしても、獣の世界ではオスよりもメスの方がずっと優秀ですしね」


 男のハーンがさらりと言うあたり、経験によるものなのだろうかと一同は勘繰ってしまった。


 隣にぴたりと寄り添うラザノがちょっと得意気な表情を浮かべる。



「そうですか、女の子でしたか。うーんそれじゃあ・・・。真っ白で綺麗な毛並みだから『パール』にします」


 ヘレナの言葉を聞くなり、ラザノの腕の中の獣はぱああと顔を輝かせた。



「それでは、ラザノ様、そのまま失礼しますね。『ゴドリーの地にて、ヘレナ・リー・ブライトン・ストラザーンが今、名付ける。貴方の名はパール。これから常に良き友となり、時には主としてともにあらんことを契約する』」


 誓約を言い終えたヘレナが真っ白な額に口づけをすると、白い光が放たれた。


 その光の中で獣の瞳が一瞬、真っ赤に輝き、やがてすう・・・と元の水色に戻っていく。


 愛らしい顔つきはそのままだけど。



「うん・・・。やっぱり魔獣九割なのね、あなた」


 あん!!と元気よくパールは応えた。



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