コーニッシュ・パスティーとヴァン、そしてミカ
さらに翌日、ヘレナは朝からマーサと大量のペイストリーを作った。
小さく刻んだ大量のバターを小麦粉の中に放り込んで手で粉上にし、その中に冷たい水と酢とブランデーと塩を加えて混ぜ合わせていったん休ませてできた生地を、小皿程度の大きさに伸ばしたものに具をのせて二つ折りにし、半月型にしたもの縁をしっかりねじり押さえてオーブンで焼く。
具は先日の釣果である鴨肉、セロリ、ジャガイモ、玉ねぎ、蕪を細かく刻んだものと、チーズとジャガイモ、ほうれん草の二種類。
更に生地の余りはリンゴとレーズンにシナモンと砂糖をふりかけて包み、デザートにする。
やがて昼時になり全て焼きあがったところに、騎士団へ顔を出してきたヒルと、応接間で魔改造植物についての報告書を書いていたシエルと、本邸との連絡係としてやってきたクラークが食堂に集結する。
「うまい……」
クラークは鴨肉のペイストリーを一口入れ、うなった。
「うちの料理長のよりうまいな」
まじまじと中の具を覗き込んでいるのを見て、ヘレナは内心ほくそ笑む。
「なかなかよい鴨肉が手に入ったので」
「そうか。肉と野菜の組み合わせが絶妙で……。ああ、こっちのチーズの方も良いな。濃厚で」
なかなか良い滑り出しだ…。
ぱくつくクラークを眺めてヘレナは悦に入る。
前に本邸の一室でクラークと食事を一緒にした時に、色々な料理の中に肉入りのペイストリーがあった。
それを殊更うまそうにかぶりついていたのをヘレナは記憶している。
彼は、きっとこの手のものが好物だ。
手軽さと腹持ちの両方で食べなれているからかもしれないが。
ついでに出した野菜と豆のスープも彼らに好評のようでおかわりが続く。
勝利を確信したヘレナは、彼らの見えぬところで強く握った拳を天に向けた。
うまい飯は正義。
ヘレナとマーサも食卓について食べ始めたところで、馬が駆けてくる音がした。
すぐに席を立ち、窓の外を覗いたヒルがつぶやく。
「マーサ殿、娘さんの髪は薄茶色か?」
「ああ、そうです。もう来たのですね」
マーサと一緒にヘレナも窓辺へ立つと、馬から飛び降り首にひとつぽんと手をやった後、手綱もそのままにすたすたとやってくる女性が見えた。
黄土色の髪に、褐色の肌。
女性としては大柄で全体的にがっしりしているが均整の取れた体つきをしており、背中には大きな麻袋を背負っていた。
窓を開けると、こちらに気付いて大きく手を振る。
「ああ、母さん、ヘレナ、お待たせ!三日三晩馬をとばしてくたくただよ。何か食べさせて!」
髪と似た明るい茶色の目を細め、口を大きく開けて太陽のように笑った。
「話はだいたい聞いたんだけどさあ。相変わらず屑だね、ハンスの旦那」
ばくばくとペイストリーを口に詰めながら、ミカは容赦なくハンスを切って捨てた。
食卓の一角にいきなりがんっと座り、食べたり喋ったりせわしないミカに、男三人はあんぐりと口を開けて固まっている。
「こら、ミカ、なんですかその言葉遣いと態度は。お前は今日からヘレナ様の侍女になってもらうって、父さんから聞いたのでしょう」
「母さん、今日はなんかちょっと気取ってるねー」
「ミカ!!」
さすがのマーサもすっかりミカのペースにつられて言葉遣いが怪しくなってきた。
「あははは。マーサ、いいのよ、ずっとミカは私のお姉さんだったんだし」
「そうだよねえ。今更かしこまっても調子狂うじゃん。外部の人がいるときはちゃんとするから、心配しないでよ」
「それはあんたが言うことじゃないよ!!」
ああ、マーサがすっかり『お母ちゃん』に……。
そもそも、ヒルは相変わらず『ちび』呼ばわりだし、クラークはマーサの手前気取っているが、二人きりの時は『あんた』と『お前』だったと記憶している。
マーサには悪いが、ミカはいつも通りでいてもらおう。
「マーサ、私はミカと共同生活のような形の方が気が楽だわ。侯爵夫妻がいらしたときだけ体裁を整えるとして、普段は姉妹のように暮らしたいと思う。二年は長いもの」
「ヘレナ様……。あなた様がそうおっしゃるなら……。わかりました」
その言葉を聞いた途端、母の背後でミカはにやにやと勝ち誇った顔ををする。
「だけどね、ミカ……」
と、そこでマーサはかつてなく低い声で娘を振り返った。
「お前があまりにも調子に乗るようだったら、修道院で聖女の護衛をしているプシュケかラケルと交代だからね……」
母の本気が分かるそのまなざしに、さすがのミカも石のように固まった。
聖女教会の規則正しい生活は、どう考えてもミカの対極にある。
「……ハ、ハイ。ワカリマシタオカアサマ」
「肝に銘じるんだよ」
「ハイ」
ミカの身体が先ほどより少し小さく見えた。




