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【4周年記念 番外編】 『栗ひろい』+後日譚

2025年11月半ばに『糸遣い~』の執筆4周年を迎えました。

感謝のしるしに小話を書きました。

ちょっと罰当たりではありますが。

ヘレナも人の子です。








 サク、サク、サク、サク……。


 実り多い森の中を、ヘレナはゆっくりと歩く。

 そんな彼女の横を黒猫のネロが猛烈な勢いで走り抜けては落ち葉の山に飛び込んで、その後ろを白い大型犬のパールが楽しそうに飛び跳ねながら追いかける。

 二匹のおかげで風が起こり、枯草と落ち葉が舞い上がった。

 立ち止まり、胸いっぱいに晩秋の匂いを吸い込んで視線を落とすと、ヘレナは宝物を発見した。


「やっぱり、あった」


 足元にあるのは、まるでハリネズミのようにびっしりと棘に覆われた……。


「なんて美味しそうな栗」


 ふふっと笑いながら足をずらし、靴底でイガの両端を踏み、ぱかりとその棘の皮を剥く。

 中から現れたのはつやつやとした栗の実たち。


「いただきます」


 森に挨拶をしてから、腕に下げている籠に栗をぽとんぽとんと入れる。

 よくよく見るとそこかしこにイガグリが落ちていて、ヘレナはしばらく夢中になってそれらを収穫した。


「そっちにもあったかい」


 振り返ると、ヘレナの倍はある籠を手にしたミカがいた。

 既にその中はみっしりと栗が入っていて、今にも溢れそうになっている。

 栗の詰まった籠を地面に降ろし、次に背負い籠も肩から外した。

 大きな背負い籠の中には竈の焚きつけに使う木ぎれがいっぱい詰め込まれていた。


「とても良い森ね、ここは。私たちだけしかいないなんて不思議だわ」


「隅っことはいえ一応都だし、ゴドリー伯爵邸の真横だから、こんな所をうろついて不審者扱いされたくないんだろう」


「そう言われると……そうかもしれないけれど。もったいないわね」


 ヘレナの籠の中も満杯でこれ以上入れられない状態だが、目の前には栗の木が群生していて、まだまだたくさん収穫できそうだ。

 大豊作と言っていい程、地面はイガグリで埋め尽くされていてそれがずっと先まで続いていた。

 森の動物たちと分かち合ってもまだまだ余るくらいに。


「本当にもったいないわ……」


 空を仰ぎ見てヘレナは呟いた。

 陽の位置と雲の様子は大丈夫。

 風もさほど強くも冷たくもない。

 まだしばらくここに留まれる状況だが、屋敷からは結構離れてしまっていて、屋敷へ戻って籠の中を空にしてまたここへ来るのは少し手間だ。


「……あ」


 ヘレナは思いついてしまった。


「あのね、ミカ」


 話を最後まで聞いたミカは吹き出して、腹を抱えて笑い、ネロとパールをぎょっとさせた。





「そのようなわけで。今夜は栗尽くしです」


 ヘレナとミカは一気に料理を並べた。


 蕪と栗のポタージュスープと、栗とフェンネルの茎と玉ねぎで作ったテリーヌ、鴨の胸肉に栗と林檎を詰めてオーブン焼きしたものと、温野菜のサラダ。

ポタージュは蕪の優しさと栗の力強さを調和させたのち、牛乳を加えゆっくりと煮込んでとろりとした舌触りに仕上げた。

 テリーヌは玉葱や人参とフェンネルそして栗を刻んで炒め、じっくり煮込んだものをザルでこし、アーモンドの粉とパン粉と卵を加えてスパイスと一緒にしっかり練ったものを型に入れて焼いたもので、一見ミートローフのようなどっしりとした味わいだ。

 鴨の胸肉のオーブン焼きは、淡白な肉に包まれた林檎からじわりと出てくる甘酸っぱい汁と栗のホクホクとした食感、そして軽くかけられたソースと相まって最高の組み合わせを演出している。


「うまい……」


 一緒に食卓を囲むのはコールとクラークとヒル。

 執務中のホランドを除いた彼らは、ライ麦のパンから何からほとんど無言で食べ続け、あっという間に平らげてしまった。


「そして、デザートも栗です」


 焼いた小さなタルトの中に栗のピューレのクリームと泡立てた生クリームを軽く詰めこみ、飾りにマーマレードを一かけら載せた。



「どれも美味しかったです。ずいぶんたくさん収穫されたのですね」


 クラークの淹れたコーヒーをヘレナの前に置きながら、コールは言う。


「ええ。一時間ほど歩いたところに栗の群生地があって。それはもう素晴らしい光景でしたよ。それでつい朝日が昇って日が暮れる直前まで……。欲張ってしまいまして、おそらくその周辺で昨夜地面に落ちた分はほぼ回収できたかと」


 ふふ、と思い出し笑いするヘレナに、男たちは顔を見合わせた。


「それは……ずいぶんたくさん収穫したんだな。それを全部運ぶのは骨が折れただろう。いくらミカが一緒とはいえ……」


 クラークの言葉に、ミカが笑い出す。


「あははっ。そうだよねえ。アタシたちとても欲張っちゃったからさ。そりゃあもう、今日の収穫量で商売ができるってくらいだったよ」


「もしかして、いったん地面に埋めてきたのか?」


 田舎暮らしの経験があるヒルのまっとうな予想にミカはニヤニヤ笑う。


「だよねえ。そう思うよね、普通」


 大型動物に掘り出される可能性もあるが、そうするのも一つの手段だ。


「ヘレナがとんだ悪知恵思いついちゃってさ。まあそれもアリかってなってね」


「悪知恵……?」


 三人の視線がヘレナに集中する。


「ちび……?」


 コーヒーカップをソーサーに戻し、ヘレナは目を逸らす。

 すると、視線の先にいたパールが喜んで尻尾をせわしなく振り、背中に乗って寝ていたネロが機嫌悪げな声を上げる。


「パールに背負わせた……とか?」


「その手もあるけど、入れ物が全然足りなくてさ」


「入れ物……?」


 首をかしげる彼らに、いたたまれなくなったヘレナは白状した。


「ええと。その、ですね。まあ……ありていに言えば、無限収納魔道具が手元にあるなあと思って」


「……はあ? まさかと思うが」


「そのまさかです。いやもう、すっごく便利でした。実は今も、貯蔵庫の支度が出来ていないから半分以上そのままで……」


 居直ったヘレナは左手の拳を握った状態で前に突き出した。


「そういや、その指輪。魔道具だったな」


 ヒルはヘレナの左手の中指にはめられたイチイの指輪をまじまじと見つめる。

 魔導士庁指折りの巨匠が手がけた最高の魔道具だと、シエルは言っていた。

 それを、ヘレナは。


「無限収納魔道具……だと?」


「そんな使い方は誰も予想していなかったでしょうね。いえ。全てを平らげた私たちが言う事ではありませんが」


「だよねえ。もうあんた達も食べちゃったから、共犯だよ」


 ひひひとミカが笑うなか、クラークが額に手をやって呻いた。


「こういうのってどういうもんだろうな。宝の持ち腐れとはちょっと違うし」


「お宝いっぱい夢いっぱいだよ。魔導士さんたちが言うには収納したナマモノは時間が止まるって話だったんだからさ」


「本当に、有難い頂き物です……」


 ヘレナは指輪に手を合わせて感謝の祈りをささげた。

 栗の皮で糸を染めるのも良いかもしれない。

 明日が楽しみだ。




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「これが噂の……。姉さんの欲望の塊……」


 テーブルに座ったぽつりとクリスが呟く。

 そんな彼のそばで、既にホランドは貴族のマナーをかなぐり捨てて「うっま~!」と叫びながらがっついている。


 そして、二人の間にミニミニミニ族の『もじもじ』が小さなカップに注がれたポタージュをごくりと飲んで、『ぷっはー』と満足げな息を吐き、頭のてっぺんからにょきっとした草花を生やした。


「キャラウェイだね、これは」


 もはや慣れた様子でミカは『もじもじ』から生えた草がやがてぽんぽんと小さな白い花を咲かせたのをじっくり観察する。


『はわわ』


 『もじもじ』はつぶらな瞳をヘレナに向けて話しかけてきた。


『はわはわ、はわんはわん』


【おいしい うれしい おれいに おはな もらって】


「ありがとう、『もじもじ』さん。有り難く頂くけれど、まずはこちらもどうぞ召し上がれ」


 テリーヌや焼いたフルーツとデザートのタルトを一口サイズに整えて、それぞれ彼が持ち易いように楊枝に刺して小さなプレートに並べた。


『はわわ!』


 両手を頬に当てて喜ぶミニミニミニ族は、とても愛らしく、ヘレナの胸はじんわりと暖かくなった。



「姉さん、ミカ。とても美味しいよ」


「うん。良かった。クリスにも食べてもらえて嬉しいわ」


 小さな祝福を忍ばせた、森の恵みをクリスたちは堪能した。




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