どうにもこうにも
それからヘレナたちは大わらわだ。
離れの休憩室ではマーサがすでにある程度支度を終えていたところだったのは幸いだった。
問題は想定外の来客…いや、事態だ。
まず一番大所帯となるサンルームの対応をマーサの裁量に任せることとする。
多分クリスが手伝ってくれるだろう。
ミニミニミニ族とアグネスのはしゃぐ声がかすかに聞こえる中、ヘレナとミカは厨房で声を掛け合いながら次々と食器やカトラリーの準備をする。
「まずは俺が本邸に戻るよ。誰かがいないとまずいだろう」
全体を見回したクラークがすぐに申し出て、彼はそのまま馬を駆り去っていった。
そしてウィリアムは食堂に入るなり、リチャードに告げる。
「申し訳ありません、リチャード様。異様な音に慌てて私も駆け付けてしまったので執務室が無防備な状態です。とりあえずライアンを戻してよいでしょうか。全ての説明は私が致します」
聞きつけたミカは深く頷くと、もともとは執務室で留守居役のウィリアムへ届けてもらう予定だった昼食のバスケットを二人分へと素早く仕立て直した。
「リチャード様。申し訳ありません。処分はのちほどいかようにも受けます」
深く頭を下げて、ライアンは執務着のままバスケットを手に食堂を出る。
じっと側近たちを見つめるリチャードのさまにヘレナが声をかけた。
「リチャード様。どうぞこちらへお座りください」
「ああ…」
長テーブルの一番端の首座にリチャードが着席すると、彼の右手の列にウィリアムとヒル、左手の列は一席空けてシエルが座った。
「寒いなか皆さまようこそお越しくださいました。まずは身体を温めるものをお飲みください」
はちみつ漬けのレモン、そして白ワインとスパイスを軽く入れて白湯で割った飲み物を男たちに提供する。
ふわりとレモンの香りが温められた室内に漂い、リチャードは知らず息をつく。
リチャードのそばの空いていた席に座ったヘレナは、リチャードが飲み物を飲んでグラスをテーブルに置くまで待った。
「この度は驚かせて申し訳ありません」
「いや…」
「さすがに気付かれますよね。お察しの通り、クリスたちは馬車でここへ来ましたが、コール卿たちは特別な方法でこちらへいらしてました」
「特殊な方法。つまりは転移魔法の呪符か魔道具を持っているという事か」
「そうです。あのイチイの大樹が完成した日からちょくちょくシエル様たちがいらしてくださるようになったのですが、その…」
いざとなったらどう説明したものか言いよどむヘレナの、膝の上に揃えた手をテーブルの下でシエルはそっと握る。
「横から申し訳ありません。実は、ここのところわれわれ魔導師は転移魔法を利用しております。なにぶん手っ取り早いので」
全てをつまびらかにするのはまだ危険だと、シエルは考えた。
リチャードの言動は当初よりかなりまともになってきている。
しかし、彼の中にこびりついたコンスタンスへの情は簡単に消えないだろう。
それに彼女の手の内がまだ読めない。
なぜこうも容易く人心を掌握できるか解明できていないのだ。
「使っているのは魔導士庁で作った術符です。それらをコール様、クラーク様、ホランド様、そしてヒル様にいくつかお渡ししています。それを使って皆様はこの家を拠点に往復することができます」
屋根裏を利用しているとは、まだ伏せていた方が良い。
たとえ、防御の術符を張り巡らせているとしても。
「事の始まりはご存じのとおりです。我々はヘレナ様が心配で自分の仕事の合間に少し様子を見にここを訪れていました」
「…なるほど」
リチャードはシエルの言葉に相槌を打つ。
「………」
シエルの静かで落ち着いた声と大きな手のひらから伝わる熱に包まれて、ヘレナは少し肩の力を抜いた。
この中で自分が一番年齢が低く未熟だ。
そして、動揺している。
会話の流れを大人たちに委ね、きちんと考えよう。
ヘレナは深く息をつき、背筋を伸ばした。




