49人いる!
「あ…」
宝石のような綺麗な瞳を最大限に見開き玄関の扉を大きく開けたまま固まるライアンの足元から、にょきっと顔を出したのは、いつかの小さなゴーレムだ。
「はわ?」
両手でライアンの足につかまり、こてりと頭を傾ける。
そしてライアンの視線の先のリチャードをしかと見た。
『はわわ…』
しばらく同じように固まっていたが、両手をそろそろと口元へ添えたと思うと急にかっと目を開き、それらを口に突っ込んだ。
『びぷ――――ッ!』
ぽん、と脳天に小さな穴が開き、そこから高い笛の音が響き渡る。
ぴぷ…ぷ…ぷ…と、晴れ渡った冬空に木霊していく。
「え、なに、何事かい!」
背後から現れたのは太いローリングピンの取手を握りしめた護衛兼侍女だ。
「どうしましたか!」
増築した離れからは中年の侍女が手斧を持って飛び出してきて、その後ろにはストラザーン家の護衛たちらしき者たちが後に続く。
「ヘレナ様!」
今度は背後のイチイの木の根元にいきなり魔方陣が光を放ち、魔導師のサイモン・シエルと老師エルドが杖を構えて現れた。
『ぽぽぽ! はわはわはわ!』
地面のあちこちからゴーレムたちが次々と雪の中からぽんぽんとはじけ飛びさくさくと雪に刺さる。
そして、がん、どん、がががが………と、屋敷の上の方で大きな音がしたかと思うと、鬼のような形相で転がり出てきたのは、王城を辞する前にすれ違った近衛騎士のベージル・ヒル。
最後に。
「あの…いったい何が」
ヒルの後ろから困惑顔をのぞかせたのは、本邸で執務中の筈のウィリアム・コール。
「………」
全員が周囲を見回しながらも言葉を発せない。
『…はわ』
最初に小さな声が聞こえた。
『はわわ~~~!』
ライアンのそばにいたゴーレムが頭のてっぺんから蒸気のようなものを吹き出しながら、玄関先から飛び出て地面に身を投げ出した。
『はわはわ、はわわ。はうはう、はわわわ!』
「ごめんなさい、かんちがい。あわてんぼう、わるいくせでた…だ、そうです」
シエルの冷静な声がしっかりと全員の耳に届いた。
『はわわ、はわはわ、はわあああん』
「ライアン、怖がってた。悪い人だと思ったの…だそうで」
ばんばんと頭を打ち付けて謝るゴーレムにライアンが歩み寄る。
「あはは…。そうだなあ。ここにいるのバレちゃったからつい身構えてしまったっていうか。今日に限って『あわてんぼう』だしな」
ライアンは号泣しながら身もだえするゴーレムの腹に手を入れて抱き上げた。
「リチャード様。申し訳ありません。とんだ騒ぎになりまして」
つぶらな瞳から涙を流す『あわてんぼう』ごとライアンは主に向かって頭を下げる。
すると、ゴーレムたちがライアンの周りに集まり、いっせいに『ほわ』とお辞儀した。
「ああ…その…な」
言葉に迷うリチャードのそばで、少女の愛らしい歓声が上がる。
「なんて…。なんて可愛らしい子たちなのでしょう、お姉さま!」
視線を下げると、ストラザーンの小さな令嬢が両手を祈るように合わせ、目をきらきらと輝かせて勢ぞろいした31人のゴーレムを見つめていた。
「アグネス。この子たちはミニミニミニ族と言うの。歌って踊ってお家も立ててくれる素晴らしい土の民たちよ」
「まあ! 可愛らしいだけじゃなくて有能なのですね!」
金髪碧眼の超絶美少女の心の底からの賞賛に、ミニミニミニ族たちは『はわ…』といっせいに照れて頬をかく。
「ええ、そうなの」
ヘレナは場の空気を変えてくれたアグネスの頭を撫でながらリチャードを見上げて、申し訳なさそうに尋ねる。
「リチャード様、この状況の説明をさせていただくお時間をお許し願いたいのですが」
「…ああ、もちろん。だが、私自身間が悪かったのだ。あの小さな民もライアンも、まったく何も悪くない」
「そう言って頂けると大変助かります」
明らかにほっとした顔をしたヘレナは周囲に向かって声を上げた。
「皆さま、大丈夫です。ちょっと行き違いになっただけで、何も危険なことはありません」
離れから剣の柄に手をやって身構えていたストラザーンの騎士たちが姿勢を正す。
彼らの後ろには侍女と御者らしき者たちがいて、ほっと胸をなでおろしたような表情だ。
「昼食にしましょう。ストラザーンのお付きの皆さんは先ほどの離れでそのまま待機ください。エルド様、シエル様、リチャード様、クラーク卿、ホランド卿、コール卿、ヒル卿は屋敷の食堂の方へお越しください。ユス兄さまとクリスとアグネスは二階のサンルームでミニミニミニ族たちと御一緒願えるかしら」
三十一人入りきれるか少し不安だがそれ以外にない。
「はい! 私がおもてなしするわ」
アグネスのかわいらしい返事にヘレナは笑って妹の薔薇色の頬を撫でた。
「ああ、それならわしも小さなご令嬢と御一緒させてもらって良いかの。ミニミニミニ族の通訳がいるじゃろうて」
エルドの機転にヘレナは深く頭を下げ、感謝の意を告げる。
「総勢四十九人か…。母さんがいて良かったな…」
ミカはローリングピンを肩に担いで呟いた。




